アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更にはGT-R&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

TEN

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「お人好しは人間的には良いのだが、経営者には絶対に向かない。お人好しとは、イコール無責任だと覚えて欲しい。それと選択眼がない。良い悪いが分からない。それがお人好しの特徴」

By 野口誠一(倒産110番・八起会会長)


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*操り人形は無責任

 先日の話の続きである。テメェに主体性が無い→自己アイデンティティーを自分外に置いてるため、ソレを守るため他人や組織の言う事を何でも聞くヤツの何がダメかって言ったら、ズバリ「こーゆーヤツは大概無責任だから」である。理不尽なヤツの言い成りになるって事は、一見不幸なように思われるのである。が、実はそうでもないのである。責任は全部命令者におっ被せられるし、非難は全部命令者に集中するし、その上周囲の同情まで得られるのである。ワタクシの知人に一人そういうヤツが居るのであるが、慣れてしまえばプライド捨てる事に対し何の抵抗も無くなる&無責任なソレを「処世術」って言い切って胸を張れるようになるんだそうである┐( -"-)┌


 分かり易い実例を一つ上げるとしよう。例えば就職活動において、Fラン大学卒だけど魅力的な人材が居たとする。でも高い確率で、ソイツは採用されない。万が一ソイツが失敗したら、責任はソイツ&採用した人事部が全部おっ被る事になるからである。逆に魅力らしい魅力は無くても東大卒ならば、高い確率でソイツは採用される。万が一失敗しても「確かにソイツと人事部には責任がある。が、こんな人材しか育て上げられない東大や、その東大をトップに据えて崇拝するニッポン社会にも責任はある」になるからである(笑)でもって、責任を逃れられる以外にも「失敗したけど伝統やシステムに忠実」って事で評価も下がらないから一石二鳥。古人曰く「赤信号、皆で渡れば怖くない」との事だが(爆)正にその通りである。


*隠れた神ゲー

 何ちゅーか、久々に掘り出しモンの神ゲーを見つけてしまったのである。もう80時間以上遊び込んでるが、まだまだ底が見えないのである。本命のゲームが届いてくるのは来月末なのであるが、正直来なくったって全然構わないって感じである(笑)そのソフトとはコレである:

キングダムズ オブ アマラー:レコニング - PS3

キングダムズ オブ アマラー:レコニング - PS3

最初は「ゲームファンの中では評判良さそうだからやってみるか(^▽^)ハズレでも中古ソフトだから、大して懐痛まないし」って軽い気持ちでやってみたのだが、コレが思いっきり神ゲーだったって話である。もし「オブリビオン」と「スカイリム」が好きなロンマニアの方がいらっしゃったら、ワタクシは全力でこの「キングダムズ・オブ・アマラー:レコニング(以後アマラー)」をプレイする事をオススメする。オブリビオンとスカイリムにおいて”こうあって欲しい”って願った事が、アマラーにはあるからである。


 ワタクシが言うまでもなく、オブリビオンとスカイリムはバリバリの神ゲーである。が、欠点が無いワケではない。その最大の欠点は何と言っても「複雑過ぎる事」であろう。複雑過ぎるからシステム上のムダも多くなり、ソフトに負担かけるからバグや処理落ちが多くなり、ハードにも負担が掛るからロード時間が長くなったりフリーズも起こり易くなる。アマラーの何が素晴らしいのかって、その複雑さが無い事なのである。オープンワールドRPGの圧倒的な自由から来る面白さはそのままに、ムダを徹底的に省いたお陰でゲーム中に感じるストレスが大幅に軽減されている。その当然の帰結として、ワタクシが寝る間も惜しんでサルが如くプレイしまくってるってワケである(笑)


 自分が好きなスタイルでキャラクターを成長させ、自分が行きたい時に行きたいトコへ行き、自分の好きなように世界を開拓して、自分だけの物語を作り上げる。オブリビオン、スカイリム、そしてアマラー。やっぱオープンワールドRPGは最高である。ファイナルファンタジードラゴンクエスト?犬にでも食われろである(笑)アマラーがあまりにも面白いので、こちらは未だに開封すらしていない状態である:

ファークライ3 【CEROレーティング「Z」】 - PS3

ファークライ3 【CEROレーティング「Z」】 - PS3

以前から度々言ってるのであるが、アマラーもコレも、今のニッポン人には絶対作れないゲームである。理由は上記にもあるように、ニッポン人は自由を苦手としているからである。自由になるって事は、責任を全て自分でおっ被るという事だからである。


 じゃあニッポン人は無責任なのかと問われたら、ワタクシは「ノー」と答える次第である。てゆーか、ニッポン人は責任感が強過ぎるからこそ、寧ろ逆に責任を取りたがらないのである。切腹なんかが正にソレであるが、ニッポン人ってのは悪事に対し過剰なまでの反省を要求する。処罰される側が聖人君子であれば、ソイツは甘んじてソレを受けるであろう。が、残念ながら世の中は非聖人君子が大多数で、当然だがそういうヤツ等は”死に”たくないに決まってるって話である。だから責任を分散させて軽くさせたいと考えるし、責任を軽くして生き延びるためには、上司や社会の言い成りになる事を甘んじなければならない。世の中、綺麗事だけじゃやっていけない。改めてそう思う今日この頃であった。