アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

FROM WISDOM TO BAKED

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「良き国際人でなく良き日本人を作れば、それが国際的に通用するんです」

By 五島昇


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*胸のトキメキを取り戻せ

 以前ほど読まなくなってしまったが、ワタクシはラノベも少しは読むのである。最近はなろう系とかいう異世界云々が流行ってるらしいのであるが、ワタクシはこのジャンルに全くと言って良いほど興味がない。基本コンセプトの「現代社会でパッとしない陰キャラが異世界へ行って無双して、富と権力を得てハーレム作る」ってのがキモヲタの願望丸出しなのもそうであるが、一番はやっぱり「知的興奮を伴わない」ってトコである。そんな中「異世界スマホで云々」ってタイトル見た時、ワタクシは少しばかり興奮したのである。ワタクシが当初タイトルから想像したモノは:

主人公はスマホを持ってる以外に何の力もないから、スマホ機能をフル活用して窮地を脱する

写真機能で正確な映像データをゲットし、分析で敵を出し抜く

光が差さない洞窟もライト機能で無問題

録音録画機能を用いて重要なメッセージの伝達をしたり、容疑者を追及する時の証拠として使う

コンパス機能とイラスト制作機能を使って地図を作り上げる

スマホを離れたトコに仕込みアラーム機能をオンにして、敵の気を引き付ける

計算機機能を用いて商売の勘定やモノの測定をテキパキと片付ける

その他スマホ各種機能をフル活用して窮地を脱し勝利を得る

(゚д゚)ウマー

というモノだったのである(笑)あとは「充電インフラの無い異世界で如何にして電源を確保するか」だとか「同じように元の世界から転移してきた人が居ないかどうかスマホを用いて探す」もあればモアベターである。


 そういうのだったら「果たして次はスマホを何にどうやって用いる事で物事を進めてくんだろうか(0゚・∀・)」って感じに読んでてワクワクするし、何だったらリアルでも活用できるんじゃないかなとも思っちゃうモンである(笑)ところがタイトルでググって調べてみると・・・

  • スマホを使って神様と自由に通話ができる
  • スマホの充電も自分の魔力で出来る
  • その神様の力で無尽蔵の魔力量、全属性持ち、無属性魔法使い放題

・・・もうこの時点で萎えてしまったのは言うまでもなるまい(笑)まか要するに、典型的ななろう系のソレだったってワケであるε-(ーдー)何ちゅーか、一瞬でもときめいたワタクシがバカだったのである(爆)


*神事と国籍

 話は思いっきり変わって、横綱白鵬が【親方になる為にニッポン国籍をゲットしたい】んだそうである。ワタクシは前々から「別にソコまでしてニッポン国籍にこだわる必要無いんじゃね?」って思っていたが、コレは今も変わらん次第である。中には「相撲は神事だから云々」っていう人も居るが、ワタクシに言わせれば「神事だからこそ国籍は関係ない」である。カトリックの教会は世界中にあって、聖書や讃美歌は其々の国の言語にローカライズされていて、地域によっては地元土着宗教とミックスした形になってて、そしてカトリック教会トップであるバチカン法王の国籍なんて誰も気にしない。十字軍云々、宣教と植民がセットになってた云々はこの際置いといて、神事ってのはそういうモンだと思うのである。



 だからワタクシは「相撲はニッポンの国技であるが故にニッポンのモノであり、その運営に携わりたいのであればニッポンに帰依するのが当然である」って考え方は理解できんのである( ̄〜 ̄)多分こういう意見を言いう人の中には、何時の間にか国際的連盟の本部が東京ではなくブリュッセルにあって、金メダルから大幅に遠さがってしまった柔道のソレがあるんだろうけど、ワタクシに言わせればソレも「単に閉鎖的&保守的過ぎるニッポン柔道界が悪いのであって、国際化云々が悪いんじゃない」と答える次第である。MLBNBAが競技の国際化に伴い本国アメリカでの威厳が無くなったであろうか?答えはノーである。こう言っちゃ何だが、国際化ってモンが分かってないニッポン人は実に少なくないのである。


 ソレにワタクシは寧ろ、相撲ほど国際的に普及させやすい競技はないと思っているのである。コレはあくまでワタクシの持論であるが、スポーツが流行り易いかどうかは次のこの要素で決まるのである:

  1. プレイするためのインフラ(場所、用具、費用など)の多さ
  2. ゲームの分かり易さ、ルールの複雑さ
  3. 場所と時間と季節による限定の有無

何故サッカーやバスケが世界的に普及し易くて、モタスポや野球が普及し難いのか、この3つの条件に当てはめてみれば分かると思うのである。サッカーは基本ルールが非常に分かり易く、プレイするのにボール1個とある程度の広さの原っぱがあれば良く、余程の豪雪でない限りは場所と季節と時間を問わない。コレなら北国でも南国でも、先進国でも途上国でも、教育レベルの高い国でも低い国でも、世界中何処だって楽しめるのである。そしてココまで書けば察しの良いロンマニアの方なら理解したと思われるが、相撲という競技は非常に普及させ易いのである:

  • 直径4.5mの円形を描ける広さの空間があれば十分
  • 「円外に身体の一部が触れるか、円内でも足裏以外が触れたら負け」というたった一行で説明できる基本ルール
  • 用具も費用も要らない。身体一つあればプレイできる
  • 人数も2人だけで十分
  • 相撲の世界的知名度は思いの外高い

といった感じに、サッカーやバスケ以上に世界的に普及させ易い要素が揃ってるのだから、普及させないのは勿体無いと思うのである。ワタクシに相撲属性は無いのであるが、もしあったとしたらやっぱ国際化を望む次第である。やっぱ面白いモンは可能な限り多くの人に知って欲しいし、そうすれば世界中から新しい人や新しい考え方が入ってきて、更に相撲が盛り上がるからである。


*相撲道は保守道?

 ただワタクシのような考え方ってのは、どうやらニッポンの相撲ファン的には異端らしいのである(^_^;)やっぱ今回の白鵬のニッポン国籍云々に関しても「ニッポンの国技なんだからニッポン国籍を取るべし」って考えが結構多いので、ワタクシ的にもビックリなのである。まぁこう言っちゃ何だけど、この考え方って要するに憲法九条云々でも良く見られる「今までソレで上手くやってきたんだから、今後もその方針を貫けば上手く行く筈」っていう希望的観測でしかないんじゃないかなとワタクシは思うのである。ネットが無くてハワイ行くのですら大旅行だった時代なら兎も角、今はネット全盛期の大グローバル時代である。時代が変われば、当然だけど取り巻く環境だって変わるから、今後も同じでいられる筈はないのである。


 あとワタクシが「ソレでも国際化」っていうスタンスを崩さないのは、このまま相撲をニッポン人の手に留めたって、先細りする事必至だからである。50年前の「巨人・大鵬・卵焼き」の時代なら兎も角、今は少子化真っ只中&サッカーとバスケ台頭の時代である。こう言っちゃ大変アレだが、今時相撲したがるガキってのは、その他のメジャースポーツで悉くダメだったガキぐらいである。子供の平均身長はドンドン伸びていっているにも関わらず、新弟子要綱の最低身長は逆に下がっていって、付け出し資格も緩和される一方である。じゃあ稀勢の里ブームで流れが一気に変わるかといえば、残念ながらノーである。美しく滅ぶよりも、醜くても生き延びる事のが美しい。他の人は知らんが、ワタクシはそう信じて止まない今日この頃であった。