アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

DARKNESS IN THE LIGHT

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「今日の有様に及びしことにて、開港の後もいろいろと議論多く、鎖国攘夷などとやかましく言いし者もありしかども、その見るところはなはだ狭く、諺に言う”井の底の蛙”にて、その議論とるに足らず」
By 福澤諭吉

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*開国という名のパンドラの箱
 開国する事、つまり外の人に対して門戸を開くという事であるが、コレには大きな問題が2つばかしあるのである。1つ、一度開けた門戸はもう二度と閉められない事。2つ、人だけじゃなく思想も入ってくるって事である。だから開国するって事は、ソレ即ちアイデンティティーが多少なりと入れ替わる事であり、そしてソレは不可逆的なモンだって事である。西郷隆盛西南戦争が正にソレであるが、古来のニッポンらしさを守りながらも外国からカネと知識と技術だけをゲットしようなんて事は不可能なのである。外から人が入るって事は、その人の考え方も入ってくるって事だからである。


その時歴史が動いた 大江戸発至急便 黒船現る

 でもって上記にある様に、一度開国したら、再鎖国する事は不可能に近いのである。開国した事で国内の人間は外を知る事になるし、一度知ってしまったらその記憶を消す事は出来ないのである。そして海外も自分達を知ってしまうのであるから、今後外からあの手この手でドンドン入ってくる事になるワケである。特に近年は人権云々、ダイバーシティ云々が世界的に騒がれてる中なので、再鎖国したらほぼ間違いなく「差別ガー」で国内外からフルボッコ喰らう事請け合いナシである。あと再鎖国してしまうと情報や技術も入らなくなるから、更に色々と置いてかれる事になるのである。

*牛久は昨日は雨だった
 ワタクシが牛久に移り住むようになって、気が付いたらもう10年以上経っていたのである。年に6×15回ほど牛久駅の大型モニター前で、大勢のジジババ達が某牛久のヒーローに対して勝った負けたで大騒ぎするのが日課だったのであるが、ソレも昨日限りである。ココまで書けば相撲属性のあるロンマニアの方ならば分かると思うが【稀勢の里が引退した】のである。30という年齢で横綱になった時から短命になるだろうなとは思っていたが、予想以上に短かったのである(^_^;)

横綱・稀勢の里が引退を表明
ワタクシもスポーツやってるから分かるのであるが、一度ケガをして機能が完全に戻らなくなってしまうと、全体のバランスが崩れてくるのである。でもってこの手のアスリートってバランスを保った状態で各部位を限界まで強化してあるから、一度バランスを崩すと「他のトコに皺寄せがくる→ソコが壊れる→壊れたトコを庇って他のトコに皺寄せが」って悪循環に陥るのであるが、稀勢の里も多分ソレにハマったのであろう。

 でもって稀勢の里を語るにおいて絶対に外す事が出来ないのが「横綱としてのキャリア」である。稀勢の里横綱昇進がココまで大騒ぎになるのは、やはり相撲を開国した事と無関係ではないと思うのである。相撲はフィジカルが何よりも重要であり、そしてニッポン人(及びモンゴロイド)がフィジカルにおいて他人種よりも劣ってる以上、開国したら外国人力士たちが席巻するようになる事は火を見るよりも明らかだったはずである:

震撼!!外国人力士!強すぎて人数規制!
多分当初の想定では「す、相撲は心技体が揃ってナンボだから、体では負けてても心と技が(震え声)」だったんだろうけど、残念ながら格闘技の世界じゃ「体>技」は常識である。なぜボクシングや柔道が体重毎に細かく分けられているのか、考えれば分かる事である。だから相撲のような無差別級競技(?)となれば、ニッポン人が不利になるなんて当たり前の話なのである。

 あと上記にもある様に、外国人は身体だけでなく思想も入ってきてて、ソレを完全にニッポン的なモンに置き換えるなんて事は不可能である。でも相撲関係者と古い相撲ファン鎖国してた頃の大相撲がそのまま続く事を望んでいて、開国により勢力や相撲道が変わってしまう事を受け入れられない。だからニッポン人が角界の頂点に立つ事を望んだし、稀勢の里に白羽の矢が立つのは必然だったし、その一挙手一投足に対し過剰に反応するようになってしまったのである。

「土俵人生に悔いなし」 稀勢の里引退会見
相撲の「ニッポンの国技」って点に固執して、何もかにもニッポン人やニッポン的なやり方で抑えようとしなければ、ココまで大騒ぎする事はなかった。ワタクシはそう考えてる次第である。もしもそうしたいのであれば、国内外から「相撲の神様は人種差別主義者だッ!」ってフルボッコにされるのを承知で再鎖国するしかないのであるが、ソレやったら間違いなく相撲は滅ぶのである。

*ワールド・スモウ・チャンピオンシップ
 だから相撲がこの後取るべき道は何かと問われたら、ワタクシは「更なる開国」と答える次第である。上記にある様に再鎖国はムリだし、かと言って現状維持だとジリ貧になっていくだけだからである。だったらいっその事、門戸を更に開放しちゃえば良いと思うのである。ニッポンだけで相撲を独占するのではなく、世界中で色んな人が色んな相撲を取れるようにするのである。ニッポンの心が失われる?今のオリンピックは古代ギリシャでやってるソレとは全く違うモンになってる&完全にギリシャの手から離れたけど、でも人々はオリンピックが古代ギリシャ文明から発祥した事を知ってるし、その事実は永遠に消えないであろう。相撲もそうなれば良いのである。


2018 US SUMO OPEN - Best Matches with commentary

 上記の動画にある様に、こんな感じに相撲が世界各地で独自の進化を遂げても良いとワタクシは思うのである(笑)要はサッカーやバスケと同じ様に、基本ルールさえ共通であれば良いのである。ソコんトコを世界共通にして、後の部分は独自性が育つに任せるのである。そうやって世界各地で大相撲場所が開催されて、年末に世界各地の横綱達が集まって、その年の世界最強の横綱を決める大会を相撲の聖地である両国国技館で行うのである。こう書くと「柔道とJUDOガー」って言われるけど、JUDOの何が悪いのかワタクシにゃサッパリ分からんのである。さて話が長くなっても誰も得せんので(爆)お暇しようと思う今日この頃であった。

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