アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更にはGT-R&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

SOCIAL DISSERVICES

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「善きにつけ、悪しきにつけ、変革にある種の救いがある」
By ワシントン・アーヴィング

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*理解と尊重は大事
 人間ってナマモノは理論で生きてると思われがちだけど、感情で動いてる割合って実は決して少なくないのである。たとえアインシュタインの脳ミソとキリストの慈悲とピカソの才能を持ち合わせたとしても、ソイツがこの上なくハゲでデブでチビでワキガだったとしたら、果たして「素敵ッ!抱いてッ!」って言えるだろうかって話である(笑)だから人を説得しようと思ったら理論的な正しさは重要だけど、感情的に納得させる事も同じぐらい重要なのである。その2つが揃ってこそ、人を動かす力になると思うのである。その事を如実に表してるのが、このニュージーランドの議員さんの同性婚に関する演説である。


同性婚を認める法案の賞賛されたスピーチ

 コレの何が凄いって、言葉選びやユーモアのセンスが優れてるのもだけど、反対者に対する理解と尊重を同時に示してる事にあるのである。ただ単に正しいだけじゃ納得できないからこそ「貴方たちの気持ちは分かります。私が責任もって反対する皆さんに何事も起こらない事をお約束します」って言うのである。正しさだけを主張し過ぎてて、納得できない人達に受け入れられなくて、ソレを「私の正しさが分からないヤツや世の中はバカだッ!」って意固地になって、同じ意固地になったヤツ等で固まって結束を強めて少数精鋭化する。寧ろSNS時代になってから、逆に良く見られるようになった光景である┐( -"-)┌繰り返し言うが「正しい」と「納得できる」は別の話なのである。ソレが分からなきゃ、何も変える事はできないのである。

*脱メサイアコンプレックスのススメ
 もしコレ読んでるロンマニアの方の中で「自分は発達障害だけど、同じ発達障害の仲間を助けたい」と思ってる方が居たら、ワタクシのアドバイスは一つである。ソレは「メサイアコンプレックスの一環としてソレをやるのなら止めておけ」という事である。ワタクシもそうであるが、自分よりも程度の重い人や自分よりも悲惨な人を助ける事で「あぁ、自分はまだマシなんだッ!」とか「自分は良い事をしてるんだッ!自分は役立たずなんかじゃないッ!」って充実感を得ようとしてるヤツは少なくないのである。無職ニートの子供部屋おじさんが「君を救いたいんだッ!」って無職ニートの子供部屋おじさんに手を差し伸べる。発達界隈じゃ実によくある光景である。


発達障害集まれ!自助会に参加します!

 コレの何が問題って、コレやるヤツは結局テメェ自身が救われたいだけであって、救う相手の事はホントはどうだっていいからである。そしてソレはホントの意味での救済とは言えないからである。でもってワタクシの知る限りにおいても、このメサイアコンプレックスによりマジで救われた人を見た事無いのである。互いに互いの傷を舐め合って、同じトコをグルグル回って、ただ時間だけがムダに流れていくのである。そうするぐらいだったら、ハッキリ言って自分の為だけに動いた方が全然マシである。他人に目もくれず、テメェの欠点を良くする事やテメェの長所を高める事だけを考えて行動すれば良いのである。そうすれば自分で自分の世話ができるようになって、幾分かの余裕が生まれるのである。他人を救いたいのなら、その余裕で救えば良いのである。


メサイアコンプレックスとは、人を助けずにはいられないような共依存的心理のことです。人を救う立場や、人に教える立場の方に多い場合があります。

 そう、人を救いたいのならば、自分に余裕が無ければいけないのである。余裕のある人間がその余裕を飢えた人に施す事により、飢える人間が居なくなる。コレが施しの本来あるべき姿なのである。自分が飢えてるのに他の飢えた人に施したトコで、結果として何も変わりはしないのである。コレが極限状態ならば「2人とも死ぬぐらいなら、せめて1人だけでもッ!」ってなるが、生憎発達障害の世界はソコまで殺伐としてないので安心してほしいのである(笑)繰り返し言うが、ホントのホントに他人を救いたいのであれば、まず自分自身を救わなければならないのである。メサイアコンプレックスを脱しない限り、モノホンの施しは決してできないのである。

*やっぱ就労がナンバーワン
 じゃあどうやって自分自身を救うかって、そりゃお兄さん就労である(笑)先日のブログでも書いたけど、ある程度のカネがあれば大概の事は救われるのである。完全に救われるとは言わんが、ソレでもカネが無いよりもあった方が救われる可能性はグンとアップするのである。カネがあればより多く納税するって形で間接的に救う事が出来るし、余った分を団体に寄付って形で直接救う事だって出来るし。或いは自らがベンチマークとして精神的な支えになる事だって出来るのである。そう、カネは思いの外万能なのである(爆)カネは薬と一緒で、不適切に使い過ぎれば色々な災いを呼び込むけど、適切に使えればこの上なく有用なのである。


障がい者雇用支援サービスCOMPASS

発達障害の就労の最新事情 2018 | 発達障害応援企業 株式会社Kaien 保護者会より

 そして未だメサイアコンプレックスに囚われて、自分を顧みず他者を救う事に熱を上げている当事者に対し、ワタクシは1つだけ言いたい事があるのである。ソレは「貴方の活動を支えてる親家族や支援者が居なくなった後、貴方はどうするのか?」である。マザー・テレサのソレみたいにマザーの死後も引き続き事業を継続して人々を救えるのならば、ワタクシから言う事はもう何も無いのである。が、そうでないのなら、ソレは単なる貴方の自己満足でしかないと言わざるを得ないのである。理想や気持ちがムダだとは言わないが、現実論や具体案はソレ以上に大事なのである。自分自身を救えないヤツに他人は救えない。大事な事だから2度言う今日この頃であった。

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