アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更にはGT-R&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

STRINGS TO A WEB

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「勝ってこそ正論は正論になる。負ければ正論も愚痴に聞こえる」
By 大山倍達

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*インターネットは強者の薬、弱者の毒
 インターネットは人間を幸せにしたか?ワタクシの答えは「ネットの扱い方の上手さと比例して人を幸せにした」である。昔は100の町に100の本屋があっても各々が生活できていたけど、今じゃ電子書籍を扱うサイトとアマゾンや楽天みたいな通販業者、あと大型チェーン書店に殆ど全部持ってかれて、昔は色んな町にあった小さな個人書店は大きな町じゃもう殆ど見られなくなってしまってるのである。ネットが普及すればするほどに大きいトコや強いトコが益々有利になり、小さいトコや弱いトコは益々不利になっていくのである。21世紀から急激に拡大した経済格差は誰のせいでもなく、主に技術の進歩によるモンだとワタクシは思ってるのである。


【書店業界の危機①】スマホが書店の主力商品を駆逐(Bookstores in crisis)

 だから本来ならば革新的な価値観を提示する筈のリベラルやサヨクが現在では寧ろ逆に昔ながらの価値観ややり方に回帰しているのは、連中の掲げる「弱者保護」の観点からすれば理に適った考え方とも言えるのである。革新的な考え方ややり方をドンドン取り入れて成長してカネで権力を取り込んでいる強者を打倒しようと思ったら、その真反対の価値観である昔ながらの道徳を掲げるしかないからである。各種自由が強者に更なる力を与えて弱者を搾取するのならば、道徳や正義を以って各種自由を制限する事が弱者を搾取から救う方法になるってワケである。だから近年、自由よりもポリコレ的な”道徳による不自由”を求める声が多くなってるんじゃないかと思うのである。

*くたばれ、弱虫
 だから今となっては「右派=保守的な思想」「左派=革新的な思想」って考えは通用しなくなってしまってるのである。昔は「従来にはない新しい価値観を創造する→その新しい価値観から新しい市場が生まれ、王道的な道から外れた弱者が食っていけるようになる」って考え方だったけど、今じゃ新しい価値観を創造するヤツの方が弱者を駆逐して搾取するからである、だからこそ、この広告がサヨクから叩かれる羽目になったのであろう:
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昔だったら「若いんだったら古臭い価値観を正義が如く掲げるジジババに立ち向かえってか、如何にもレッドブルらしいな( ̄▽ ̄)」だったのが、今は【何故だかサヨクに叩かれる】ようになったのは、つまりそういう事なのである。連中からしてみれば、正論に文句言って打倒してくる革新的な思想の持ち主は、やがて成り上がって弱者を搾取する存在になりうるからである。

 ただワタクシに言わせてもらえば、この広告に文句言うヤツの相場は決まってるのである。ソレはズバリ「翼を授かっていないどころか、テメェの足で歩けないような弱虫」である。弱虫だから絶対的普遍的な存在である正論が無いと安心できないし、異論反論を喰らって正論が揺るぐのがイヤだから人の話を聞かないし議論にも応じないし、異論反論持つヤツが増えて勢力を増す事を恐れるからソレを前以って潰そうとする。ぶっちゃけファシズム以外の何でもないのであるが、連中的には「弱者を救うための不自由と強制力であり、政治的に正しいファシズムだからおk」ってトコであろう┐( -"-)┌そう、連中が求めてるのは正義でも真実でもなく、安全と安心と安定なのである。

 そう、弱虫ってのは安全と安心と安定さえあれば、不自由であっても束縛されてても寧ろそっちを選ぶのである。だから今アメリカで起こってる病的なまでのポリコレの嵐も、連中からしてみれば「コレでもまだ足りないッ!」「社会正義は多くて困る事なんか無いッ!」って事になるらしいのである( ̄~ ̄)どんなに不自由で息苦しくても、強者が自由気ままに弱者を搾取する社会よりも良いって事である:

【伊藤貫】ポリティカルコレクトネスが世界中に蔓延したワケ【ポリコレ】
自由って素晴らしい事のように思えるけど、実はその反面リスクや自己責任が強く伴い、自由が増すほどに後者も増すのである。故に100人中99人が尻込みするんだけど、残った1人が自由に挑んで成功を掴み、尻込んだ99人を養分にしてボロ儲けするのである。だから99人の多くは自由を憎むし、1人を引きずり下ろす事に躊躇いも無いのである。

*弱者は弱虫に非ず
 あとワタクシが最近の行き過ぎたポリコレ云々を好きになれない理由が、正にサブタイのソレである。確かに弱者や少数派はソレが故にフツーの人は抱え込まないような各種苦労を多少なりとしてるし、ワタクシも発達障害当事者としてソレを幾分か味わってるから身を以て理解してるのである。が、ワタクシはソレを不便だとは思っても不幸だとは思った事は無いし、その恨み辛みを社会や世の中や政治にぶつけたいとは思わないのである。にも関わらず弱虫共は「貴方も少数派なんだから、我々の気持ちが分かる筈ッ!いや、分かってなければいけないッ!」って勝手に決めつけ押し付け、ソレに賛同しないヤツを同じ少数派であるにも関わらず叩いてくるのである┐(´д`)┌


【田中記者の“カゲキな”解説】暴力による共産主義革命を目指す!ニッポンの過激派とは!?(2020年8月12日)

 この様な弱虫共の正義による秩序社会の追求がどの様な末路を辿るのか、幸か不幸か我々ニッポン人は数十年前に経験済みなのである。弱虫だから意見の相違から始まる分裂によるテメェ等サイドの弱体化を恐れ、同調圧力を強め反対者を糾弾し、追い出された反対者が新グループを結成して内ゲバが始まって互いに弱体化して、ソレの悪循環にハマって自然消滅していくのである。人間というナマモノは本来、各々が違った正義観を持っているモンなのだけど、ソレを数をまとめて力を成す為にムリヤリ全員の正義観を合わせるから、結果としてストレス溜めて自爆するのである。普遍的な正論は何処にもなく、あるのは各々が持つ正論の住み分けだけだと思う今日この頃であった。

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