アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

TAKE AS NEEDED FOR PAIN

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「人が一人死ぬというのは、どんな事情があるにせよ大変なことなんだよ。この世界に穴がひとつぽっかり開いてしまうわけだから。それに対して私たちは正しく敬意を払わなくちゃならない。そうしないと穴はうまく塞がらなくなってしまう」
By 村上春樹

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*ノーモア膝つき
 NFLのケビン・キャパニックがやり始めてから流行り出した膝つきパフォーマンスであるが、ワタクシはアレを好ましいとは当初から思ってなかった次第である。確かに国に敬意を示さない自由と権利は誰にでもあるし、ソレ等の行使はワタクシとしても尊重する次第である。が、国にはソレを愛する人達や、現政権を選挙で支持した人達が居るのである。そういうパフォーマンスをするって事は国や政権だけでなく、その背後に居る人達への不敬でもあるのであり、ワタクシが好ましくないと思ってるのはその点である。民主主義社会を運営するにおいて、反対者や対立者への敬意は不可欠だからである。

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 実に簡単な話で、民主主義社会において自分等の要望を通そうと思ったら、選挙に勝つ必要があるのである。ンで、選挙に勝つにはどうしたら良いって、説得するっきゃないのである。少数派でも弱者でも、多数派や強者を説得して平和的に自分等の意見を受け入れてもらってこそ、民主主義の美点であり醍醐味なのである。反対者や対立者に敬意を示さなかったらどうなるかって、分裂と実力行使である。そうなったら最後、力押しできる多数派や強者が最後は勝ち、少数派や弱者の意見は通らなくなるのである。そう、敬意や民主主義ってのは、寧ろ少数派や弱者の為にあるのである。

*正しさ≠説得力
 だからもしワタクシがアンチ石原慎太郎だとして【石原慎太郎氏が死去した件】についてどう思うかと問われたら、ワタクシは形だけでもご冥福を申し上げる次第である。たとえどんなに気に入らなくとも、石原氏やその家族親族や支持者達には敬意を示さなきゃならず、死去して悲しみに暮れてる時期なら尚更である。ソレすらもイヤだと思うなら、沈黙すれば良いのである。石原氏を批判したいのであれば四十九日が過ぎたぐらいに、家族親族支持者の悲しみが癒えた時にやれば良いのである。ソレが敬意というモンであり、人間というナマモノが社会生活を営むにおいて必要不可欠なモンである。

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 だが今回は、その敬意すら示せない下等動物共が余りにも多過ぎるのである┐(´д`)┌素人がSNSでやる程度なら「匿名でしかイキれないヘタレが頑張ってるね~( ̄▽ ̄)」ぐらいにしか思わんのだが、今回は公党の副党首やら大学教授やらジャーナリストやら作家やらミュージシャンやら、そういったリアルでの地位や実績のあるヤツまでが石原氏をボロクソ扱き下ろしてるんだから、反知性主義ココに極まりである( ̄~ ̄)サヨク側の劣化が酷い事は前々から分かっていたが、ココまで酷いとは夢にも思わなかったのである。

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 ンで、石原氏を扱き下ろされた支持者達が「俺達は間違ってたッ!次の選挙は野党に投票だッ!」ってなるであろうか?答えは当然「ノー」であり、益々与党を支持するようになるであろう。じゃあ無党派はどうなるかって、コレまた「どっちかというとノー」であろう。こういう他人に敬意を示せないヤツ等が与してる野党を信用できるかと言われたら、真っ当な感覚を持った人なら敬遠するであろう。敵陣営に対し容赦無いヤツってのは、概して味方にも容赦無いのである。スターリン然り、毛沢東然り、ポル・ポト然り。サヨクは何時だって外敵よりも自国民を、しかもシャレにならんぐらい殺してるのである。

*自己満足が全て
 こんな事したって選挙には勝てないし、選挙に勝てなきゃ社会も変えられないのに、でも連中はそういう事を止められない。だからワタクシが思うに、上から下まで連中はもう勝つ気が無いんじゃないかと思うのである。一般社会からドン引きされてもSNSで全国の同志と繋がれればソレで十分だし、ソレなりの数の同志が居ればサヨク本やサヨク講演会で生活や運営が成り立つし、一定数のサヨク票があれば野党のコアメンバーは当選できちゃう。ネット前の時代は距離や手段不足で分断されてたサヨク達が、SNSという武器を得て繋がり易く集まり易くなったからこそ、人数を最小限にしてもサヨク界隈が成り立つようになっているのである。

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 つまりこういうのって幅広い民衆の支持を得たいからやってるのではなく、1000人に1人レベルの蓼食う虫的なサヨク予備軍の心に響けば良いのである。取り敢えず減った分だけを”補充”できればサヨク界隈の循環は保たれるのである。支持者や活動家や末端党員は儲からなくても生き甲斐が得られて満足、上の連中は選挙に勝てなくとも儲かって満足。そう、連中は世のため人のためではなく、自己満足のためだけに政治社会運動を繰り広げてるのである。目的は手段を正当化せず、人は革命の理念よりも革命家について行く。ソレが人間社会だと改めて思う今日この頃であった。

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