ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m
「自信がないって言うけれど、できることだけやってても、自信なんてもてないよ」
By 西村栄治
といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。
*自信を持とう
コレは結構昔に聞いた話で、今はどうなのかは分からないのがアレであるが、仕事絡みで養護施設の中の人と少し話した事があるのである。曰く、養護施設に預けられる子供ってのは、親が「育てられなかった」よりも「育てたくなかった」が故に預けられるパターンの方が多いんだそうである。ソレだけならスタッフが黙ってれば子供には伝わらないのであるが、問題は「預けられた子供が成長するにつれて、自身が捨てられた事を何となく察してしまう」って事なんだそうである('A`)ンで、そういう子供達は「自分は捨てられた」って事を負い目に感じて、自己肯定感を喪失してしまうんだそうである。
ワタクシはソレ聞いて「ソコんトコどーすんの?」と聞いたら、その人は「色んなチャレンジをする」と答えたのである。登山だとか、書道だとか、スポーツだとか、ゲームだとか、そういった体力や知力や機転を用いて目標を達成するイベントを細かく数多くこなす事で「頑張れば困難を乗り越えられる」って成功体験を細かく積み重ねることで、将来大きな困難に挑む事になっても簡単にポッキリ折れないようにするんだそうである。やっぱこの「成功体験を積み重ねて積み上げる」って事は、何をするにおいても重要なんだなと思い出した次第である。
*自己肯定感は建設的に
何故この事を思い出したかって、ワタクシ含め発達障害当事者の境遇にも似たようなモンがあるからである。障害の特性ゆえにガキの頃から色んな失敗を積み重ねてきて、その反面成功体験が少なくて、ソレで大人になって悪循環にハマって社会で上手く行かなくなって、ソコからニート化→8050へ移行してしまうのである( ̄~ ̄)今年初めぐらいに「新刊を出版した時にワタクシに祝福を依頼してきたヤツ」の話をしたのであるが、ソイツが主催してるNPOも「当事者に自己肯定感を与える」がメイン活動だったので、図らずとも思い出してしまったのである(笑)
でもって彼もまた上記の「ガキの頃から云々」ってヤツで無職ヒッキーの子供部屋おじさんになってしまい、奮起して家族の助けを借りてNPOを立ち上げたってワケである。ソレ自体は(;∀;)イイハナシダナーなのであるが、問題は「彼はソコに人生一発逆転のチャンスを賭けちゃった」ってトコにあるのである(^_^;)だから彼が本を出版した時、ワタクシ含め知ってる発達当事者全員に宣伝と祝福の依頼して、あわゆくばソコからバズって全国的なスター当事者になりたかったのであろう。何せ彼の人生はもう社会活動しかなくて、もう後には引けなくなってしまってるからである。
別に彼に限った話じゃなく、その生き辛さから逃れるために色んなモンに没頭する当事者をワタクシは数多く見てきたのである。上記の彼みたいにプロ当事者としての成功を目指したり、参加者として様々な当事者会をハシゴしたり、啓蒙活動にハマったり、極左や極右に没頭したり、反ワクや親露みたいな陰謀論に救いを求めたり、宗教に縋りついたり等々。人と違うことしかできないからソレをやって、ソレをやった結果狭い世界でしか生きられなくなって、狭い世界での覇権の奪い合いに四苦八苦して余計に深みにハマってくって感じである (ー'`ー ; )
*界隈を出よう
でもって、ワタクシの発達障害に関する基本見解は昔も今も変わらないし、恐らく今後も変わらないであろう。ソレはズバリ「可能な限り社会参加をして、可能な限り就労しよう」である。カネがあれば幸せになれるとは限らんが、カネがあれば少なくとも不幸は防げるのである。例えばカネ持ちで移動手段としてベンツに乗ってればソレだけで交通事故死の可能性を大幅に軽減できるし、クルマ移動ならば痴漢冤罪の可能性も無くなるのである(笑)或いは家族が難病になった時なんかも、カネをアホほど持ってれば超高額な最新医療を受ける事だってできるのである。
あとはまぁ「給料を貰う」って事は、ソレ即ち「貴方にはカネを払うだけの価値があります」って具体的に示されるので、働いて給料を稼ぐだけで自己肯定感の積み重ねに寄与するのである。そう、自己肯定感を得るためのチャレンジってのは、実は健常者社会の方が豊富にあるのである。こう言っちゃ大変アレだが、発達界隈にずっと留まっていても、居心地は良いがソコから先は無いのである。福祉に食わせてもらいながら、同じトコをグルグル回り続ける、実に良く見た光景である。ソレがイヤなら人に会って会話を積み重ねて、就労してカネを積み重ねる方が健全だと思う今日この頃であった。
