アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&718ボクスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

THE NORTH CORRIDOR

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「一夜にして成功をおさめるには二十年の努力がいる」
By エディ・カンター

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。

*祝!20周年
 この日はGT3が納車されてから丁度3年目である。今でも3年前の納車された時の喜びは記憶に新しくて、あんなに喜んだのは小坊の頃にDQ3買ってもらって以来である(笑)というワケで3周年記念ドライブを・・・と言いたいトコであるが、実はまだポルセンに居るのである(^_^;)どういう事かというと・・・

予定通りなら今週頭に車検終わる筈だった

点検でドラシャのシャフトブーツに亀裂が入ってた事が判明

コレじゃ車検通らない

( ゚Д゚)マズー

ブーツ交換すれば至って無問題&保証範囲内だからタダ

でも運悪く在庫がニッポン国内に無いため、急遽本国から取り寄せ

現在部品待ち

/(^o^)\ナンテコッタイ

・・・という事である( ̄▽ ̄;)何ちゅーか、外車乗ってる気分になってきたのである(笑)まぁポルセン曰く「空輸できる部品だから2週間程度で届く」との事なので、フェラーリランボルギーニみたいに修理部品で半年待たされるなんて事はないので、ソコは一先ず安心であるε-(´▽`)

 でもってつい最近、ある事に気付いたのである。ワタクシの最初のクルマであり、ワタクシのカーライフの原点であるGDBであるが、コレが納車されたのが2005年の5月28日。つまり今から丁度20年前の事であり、ソレ即ちワタクシのカーライフ20周年記念だったりするのである(*'∇')/゜・:*【祝】*:・゜\('∇'*)


コレがその時の写真である。当時はまだガラケー時代でカメラ性能が非常にショボく、写真ファイルに「EX-S1」と書いてあったから、恐らくコンデジで撮ったのであろう。何せ20年前なんで、記憶が曖昧なのである(^_^;)でもってワタクシにコンデジを持ち歩く習慣は無かったので、この頃の写真はあんま残ってないのである。この頃のワタクシにクルマ趣味は殆ど無く、このGDBサバゲー行く時の足として買ったのである。

*20年の軌跡
 あの当時のワタクシはバリバリのサバゲー中毒で、クルマ買ったのも「サバゲー行くための足にするため」だったのである( ̄▽ ̄;)こう書くと「ソレならプリウスとかフィットでいいじゃん」って思われるロンマニアの方が大多数であろうが、ソレに対する答えは「グランツーリスモで使ってて速くてカッコ良かったから」である(笑)でもってこの時にGDB選んだのが、今思えばワタクシのカーライフ最初の分岐点だったのである:


こんな風に、最初はちゃんとサバゲー行ってたのである。あの当時サバゲーフィールドはクルマがないと行けないトコが結構あって、サバゲー中毒者としてはクルマを買わざるを得なかったのである(笑)


こういうクルマに乗ってると「サーキット行かないの?」とか聞かれる機会が増えて、そんでとあるキッカケでサーキット走行に誘われ、なし崩しに参加してしまったのである(笑)デビューしたのは筑波1000コースで、今も続く筑波サーキットとの縁はココから始まったのである。


写真ファイルのデータによるとサーキットデビューしたのは2006年11月10日で、写真のコレが19年前のワタクシである。何せサーキット走行はコレが初めてだったんで、緊張でガチガチだったのである(笑)でもってタイムはといえば48秒台であり、一言で言うと「恵まれた車種からのクソみたいなタイム」といったトコであろう(爆)速い人は41秒とか出る&ワタクシがNDで出したベストが44秒だったんで、やっぱ全然遅いのである(´・ω・`)

 でもってこの時の「全然上手く走れなかった」がワタクシのカーライフの第2の分岐点だったと思うのである。上手く行かずにそのままフェードアウトするのは余りにもカッコ悪かったのもだけど、当時のワタクシは運転が全然ヘタだったんで「もっと運転が上手くなりたいッ!」って思いが強くなってきたのである。ソコからは従来通りサバゲーを楽しみつつも、クルマ弄りやサーキット走行に精を出していったのである:


茨城に移り住んでからは行かなくなってしまったが、あの時のワタクシは湘南在住で、家から10kmの場所にあったカート場に通い詰めてたのである。


走ってたコースは主に筑波1000と、あとFSWショートコースである。本コースは速度域が高くて怖かったので、主にショートコースを走ってたのである


ワタクシのクルマ弄りのセンスであるが、控えめに言っても最悪だとしか言い様が無いのである(笑)まぁ何ちゅーか、オタク特有の「戦闘マシンに乗ってる雰囲気を味わいたかった」といった感じである(爆)ただこの頃はクルマ弄りが楽しくて仕方がなくて、こうやって試行錯誤しながら前へ進む瞬間を楽しんでいたのである。

 そう、GDB時代は何もかもが手探りで、良きにしろ悪きにしろソレが楽しかったのである。そう、好奇心に強い人間にとって、無知であるという事は「冒険のし甲斐がある」という事なのである(笑)


その後は筑波2000デビューも果たし、徐々に大きなコースに慣れていこうとしていた最中なのである。


とあるキッカケでもてぎ本コースも走るようになって、やがてはFSW本コースも・・・と思ってたのであるが、残念ながら今から17年前、つまり2008年4月30日に他ならぬこのもてぎ本コースでGDBを全損させてしまい、最初の車検を目前にしてワタクシのGDB時代はココで終了してしまったのである(´;ω;`)合わせて2年11ヶ月と6.5万キロ、短かったけど濃厚なカーライフだったと言えるのである。

*21年目に突入
 とまぁ、ワタクシのGDB時代を手短にまとめるとこんな感じである。あの頃を振り返っての総括は「色々とメチャクチャで出来は最悪だったけど、楽しかったし後悔はしていない」といったトコである。この頃の生き急いだ経験が今に繋がってるし、今後もその影響が続いていくことは間違いないからである:

もしもあの時廃車にならなかったとしたら、恐らくその2~3年後にはGRBに乗り換えて、更にソコからVABに乗り継いで、今頃はGRヤリスの納車を心待ちにしていた事であろう。唐丹のワタクシは「このまま国産スポーツカーを延々と乗り継いでいく」って思ってて、外車なんて夢にも思ってなかったのである。特にポルシェ911なんかは「大して速くないのにムダに高くて、こんなモン誰が乗るんだよ(`ε´)」って思ってたのである(笑)


あとはご存知のように、GDBを廃車にして4ヶ月後に性懲りもなくR35を買ったのである。でもってココでGRBCZ4AではなくR35を選んだことがワタクシのカーライフにおける第3の分岐点だったのであるが、その話は3年後のR35納車20周年記念の時まで取っておく次第である(笑)

 でもって今日から21年目が始まるのであるが、当初の「このまま国産スポーツカーをずっと乗り継いでいく」の構想は完全に崩れ、新たに輸入スポーツカー乗りとしてやってく事になったのである( ̄▽ ̄;)GDBを降りた直後は「もう二度と水平対向エンジンのクルマに乗る事は無いだろうな」と思ってたが、ソレも3年前には既に覆されてたのである:


でもってGDB降りてから長年(試乗除く)離れてた2リッター水平対向4気筒ターボにも、こうして17年振りに復帰することが決まってしまったのである。メーカーは変わっちゃったけど、原点であった水平対向エンジンに完全復帰してしまったのである(笑)30周年、40周年の時はどうなってるかマジで予想付かないが、1つだけ間違いなく言えるのが「どんな状況であれ最大限楽しむ」な今日この頃であった。.