ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m
「一人の人間の歴史において最も重要なことは、その人が何を目的としたかということである」
By ジョン・ラスキン
といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。
*クルマ嫌いな人のためのクルマ
クルマが嫌いな人にとって、クルマに関するあらゆる負の要素が苦痛になってくるのである。運転の際に神経を使わなきゃいけない事や、メンテに手間が掛かる事や、維持費が色々掛かる事や、保管のために場所と費用が掛かる事等々。ムカつく事この上ないから「クルマなんて要らないッ!」ってのが本音だろうけど、東京みたいな治安が良くて公共交通機関が発達してるトコならクルマ無しでも何とかなるが、海外の治安の悪いトコではクルマに乗らざるを得ないのである。この件に関してイーロン・マスクが「俺はクルマが好きじゃない」と言った事で、点が繋がって線となったのである。
テスラ車がワタクシみたいな従来のクルマ好きにはピンと来ないことも、テスラ信者がクルマやクルマ文化に全く興味が無さそうなのも、コレで全て理解できたのである。よーするにテスラのクルマって「クルマ嫌いやクルマに興味の無いヤツ向けに作られたクルマ」なのである。奇抜なデザインや過剰な演出、至れり尽くせり過ぎる各種機能やFSD(自動運転)などの最先端機能等々。クルマのハンドリングや走行性能にあんま関係無いトコが過剰なのは、ソコこそが「クルマに興味の無い人間にとって重要な事」なのである。よーするにテスラ好きにとってのクルマは「人員貨物輸送機能付きのデジタルガジェット」なのである。
*クルマ好きな人のためのEV
テスラに限らずBYDやシャオミみたいなトコも同じである。走行性能やクルマ自体としての良さを競うと、従来のメーカーとはノウハウの蓄積が違い過ぎて勝負にならんのである。だから差をつけるために挑戦的な新機能に挑んだりだとか、驚くようなスペックを誇示する必要があるのである。ワタクシが思うに、ソコが従来のメーカーのEVとの大きな違いなのである。従来のメーカーが訴えかける相手は「従来通りのクルマ乗りの人々」であり、言うならば「ICEの替わりにモーターと電池を積んだクルマ」であり、今度出る新型リーフもソレなのである。
アホみたいなパワーからのアホみたいな加速力だとか、OTAやらSDVやらFSDやらとか、奇抜な各種ギミックとか演出とか、そういうのは必要無いのである。何故なら日産からクルマ買う人は「道具としてのクルマ」としてリーフ及び他の日産EVを買うのであり、従来のクルマと同等かソレ以上の使い勝手の良さを望んでるからである。乗り心地やハンドリングは勿論のこと、乗り降りのし易さや荷物の積み下ろし易さや乗降性、コスパの良さやメンテ性の良さや機械の信頼性、そういった全体的な「クルマとしての良さ」を求めているからである。
この新型マイクラ(マーチ)もそう&日産以外の既存メーカーのEVは何処も大概そうであるが、既存メーカー(特に大手メーカー)はリスクを負って冒険する必要なんて殆ど無いのである。今まで積み上げてきたブランド力と、長い歴史の中で培われたクルマ作りのノウハウ、そして顧客やクルマ好きから得た信頼等々、そういうのに基いた信頼あるモンを顧客は求めているのである。確かに冒険したり意表を突いたりすれば一定数の顧客が熱狂的に飛び付くだろうが、そういうのは極少数なのである。メーカーは専門性の強いトコを除いて、一般的な顧客を開拓してくべきなのである。
*閾値に御用心
ワタクシがテスラやBYDやシャオミみたいなトコのEVに全く興味無いのも、凄い事やっても「あっそう( ´_ゝ`)フーン」としか思わないのも、つまりそういう事である。何故なら技術ってのはあっという間に陳腐化してしまうのもであるが、ソレ以上に「技術には値段が付かないから」である。この手のEVのリセールが何故悪いのかって「技術は時間と共に相対的に劣化するから」である。よーするにスマホやPCと同じで、型落ちした古い技術は基本的に価値は無いのである。フェラーリやランボルギーニなどは50年前のソレでもブランド力が価値を引き上げてるが、新興EVメーカーにはソレが無いからである。
何故この類のEVには変な信者が多いかって、やっぱ何ちゅーか「人生の一発逆転ホームランを狙ってるから」じゃないかと思うのである。コレからEV時代になって、従来のブランドは軒並み新興EVメーカーに取って代わられて、そしてEV革命前からメーカー信者であったテメェは「この時が来るのを予め分かってた先見性のある特別な人間」になれるってワケである┐(´∀`)┌古今東西どんな革命もそうであるが、革命成就の後に甘い汁にありつけるのは革命のリーダーとその一次的な取り巻き達だけであり、末端は何も得られずに使い捨てられるだけ。悲しいけどコレが歴史の教訓としか言えない今日この頃であった。.
