ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m
「仕事は我々の無力をだまし、幸運への希望を与えてくれる」
By アナトール・フランス
といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。
*2.1%に賭ける未来
サブタイの数字であるが、答えは「ロドスタ12Rの当選確率」である。たった200台しか用意されてないトコに9500もの応募があったんだから、そりゃ無理ゲーにも程があるってモンである( ̄▽ ̄;)でもってその9500の応募の半分ぐらいは「もし外れた場合、素MSR(2200台限定)行っとく?」って項目にチェックしてあると考えられる→もうその時点でキャンセル待ちをしたとしても来ないと思われるので、抽選に双方共外した時点でゲームオーバーなのである(´・ω・`)何だか【MSRロドスタ第二弾もあるらしい】のであるが、今から検討して開発して発売されるまで何年待つんだって話である( ̄~ ̄)
一応ワタクシが世話になってるマツダディーラーからは「ダメ元で申し込んでみてはどうか」と言われてるが、流石に買う気が無いのに申し込むのもアレなので拒否っといた次第である(笑)もしコレでGRヤリス(及びGRカローラ)までも抽選外したらマジで八方塞がりだった&GRヤリスも「当選確率30~50%」という狭き門だったんで、もしも718SEの枠を貰ってなかったら来年の今頃は今のNDの5回目の車検を通す羽目になってた可能性があったのである( ̄▽ ̄;)そう考えると成り行きだったとはいえ、タイカンやマカンEVではなく718SEをワタクシに押し付けてきたポルセン担当には感謝しかないのである(爆)
*先回りのススメ?
まぁ分かってた事だけど【ジャガーの販売台数が97%も減った】んだそうである。傍から見れば「なんでポリコレとEVに前のめりになってんだよアイツ等m9(^Д^)」なんだけど、ワタクシには意図した方向性が何となく分かるのである。ソレは「環境やポリコレ等に関心の高いリベラル系の上位層狙いの戦略だったから」なのである。グレタが典型的なソレであるが、この手の連中の上位層って思った以上にカネ持ってるのである。行動を起こして寄付を募ったり、講演会に出たり、自伝等の著書を出版したり等々。この連中の上位層はあの手この手でカネを荒稼ぎしてるのである:
ンで、そういう連中がカネを使うとしたら、当然ながら「意識高い系の贅沢品」であり、その1つがEVなのである。グレタみたいな”進歩的な人”がジャガーのEVを愛車として乗り回してたら、自ずとソイツに憧れるヤツ等の間でブランド力が一気に上がるのである。だから一気に高級化したし、思いっきりポリコレを意識したイメージに転身したんだと思うのである。ジャガーがEV化とポリコレを押し出したのが丁度バイデン政権時代で、当時はまだポリコレがブームだった&EVに勢いがあったから、ソレで他ブランドとの差別化を図ろうとしたのであろう。
よーするに大谷翔平とタイカン(及びポルシェ)のソレみたいなモンである。が、その後ポリコレやEVがどうなったのかといえば、ポリコレはバイデン時代に色々と行き過ぎたせいで反動が来てトランプ時代になってウヨク路線まっしぐらだし、ウクライナ紛争による燃料高騰&中国バブル崩壊のせいでEV化が大幅に停滞してしまい、新生ジャガーの2本柱が双方共へし折られる状況になってしまったのである( ̄▽ ̄;)この後ジャガーがどうなるかはサッパリ見当付かんが、どう転がろうとワタクシが今後ジャガーを買う可能性はひじょ~~~~~に低いので、どんな結末になったとしても当ブログで面白可笑しく扱う事に変わりはないのである(笑)
*リベラルの二極化
ただまぁ何ちゅーか、この件で改めて「今のリベラルがダメな理由」が見えてしまったのである。ソレは何かといえば「リベラルが『実家の太い落ちこぼれエリート』と『人生詰んで何かに縋るしかない底辺層』の二極化してしまって、その中間が乏しい」って事である。今の世の中、リベラルでも保守でも真っ当なヤツはフツーに出世コースを歩めるし、実家の太いヤツでも有能なヤツは変な進歩的思想なんかにハマらずにフツーに勉強してフツーにバリバリ働くのである。グレタが典型的なソレであるが、実家が太くてロクに勉強も仕事も出来ないヤツが、親の脛を齧って社会活動に精を出したりするのである。.
このよど号事件もそうであるが、学生運動にハマってたヤツ等の多くは実家が太くてヒマを持て余したヤツ等だったりするのである┐( -"-)┌そうやってムダにカネとコネと情熱(てゆーかルサンチマン)だけはあるヤツ等が本来真っ当な人等が有意義に行ってた社会運動を乗っ取ってしまって、ソレが今のリベラル勢力の中心になっちゃったのである。真っ当な人等には支持されてないけど有力メディアを悉く押さえてるから影響力は強く、ルサンチマンによる結束はムダに固い。人類がルサンチマンをどう克服するかが21世紀人類の課題、そう思わざるを得ない今日この頃であった。
