アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&718ボクスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

BLUETALITY

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「神、それは夢のゴミ捨て場である」
By ジャン・ロスタン

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。

*5ヶ月ぶり3度目のニッポン上陸
 海外出羽守をやるヤツの相場は決まってるのである。ソレはズバリ「母国に居場所が無いヤツ」である。母国でテメェの地位やアイデンティティーを確立できなくて、人生一発逆転にワンチャン賭けて海外に移住するのである。でも母国で居場所を得られないヤツが他国で得られるかと問われたら「ノー」であり、結局向こうでも孤立して、でも振り上げた拳を下せないから母国に帰れず、だから海外在住なのにも関わらず母国語で母国の人等に向けて母国の悪口を言いまくるのである。さて、前置きはコレぐらいにしておいて、と(笑)


ワタクシの992.2GT3を積んだフネが本日遂に三河港に到着し、ニッポン上陸を果たしたのである (∩´∀`)∩エムデン港を出たのが昨年の12/26だから、前回(8/4~9/16)同様に喜望岬ルートだと1ヶ月半でニッポンに到着するのである。スエズ運河経由だと1ヶ月前後らしいのであるが、次回はスエズが使えるようになってほしい次第である。

 今回のルートは「エムデン港でVWグループのクルマを積む→ブレーメン港でBMWやベンツのクルマを積む→喜望岬ルートでシンガポール港に寄港&アジア分割り当てを陸揚げ→台中港で台湾分を陸揚げ→千葉港と横浜港でBMWとベンツの東ニッポン向けの割り当てを陸揚げ→三河港にてワタクシのGT3含むVWグループのクルマを陸揚げ」って感じであろう:

フネが停泊したトコを航空写真で見ると、こんな風にバカ広いヤードがあるんで、ココに残りのニッポン分の割り当てを全部陸揚げするのである。あと「ニッポンの工場で作られた輸出用のニッポン車をココで積んで次の目的地へ向かう」ってこともあるらしいのである。


でもってこのヤードのすぐ近くにVWニッポンの本社があり、同じ敷地内にPDIセンターが併設されてるのである。ニッポン向けのポルシェはほぼ100%ココで検査することになっていて、ココでの検査をパスしたら全国のポルセンへと陸路で輸送されるのである。でもってこのフネを追いかけるのもココで終了であり、次またこのネタをやるとしたら2030年以降になるんじゃないかと思うのである。その時までこのブログが続いてるかどうかは分からんが、多分ダラダラと惰性で続いてるんじゃないかと思うのである(笑)

*選挙にかける人生一発逆転
 ワタクシの知る限り、ニッポン叩きに精を出すヤツの相場は決まってるのである。ソレはズバリ「自己肯定感が低過ぎるヤツ」である。人間は失敗したり挫折したり恥をかいたりしたならば、一般的には一発奮起して欠点を直そうと懸命に努力するか、ソレを捨てて別の道へ行くか、或いは別の形で昇華させたりするのである。が、ソレ等は全て多かれ少なかれ「テメェの至らなさを認める」って行為を含んでいて、自己肯定感の低過ぎるヤツはソレに耐えられないのである。だからテメェの至らなさを他人や社会や政治や大企業のせいにして、ソレ等を叩くことでテメェを正当化しようとするのである。

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 なぜニッポンのリベラル(てゆーか実質サヨク)がココまで歪になってしまったかって、答えは「そういうヤツ等が主流になってしまったから」である。豊かな上に貧富の差の少ないニッポンにおいて「貧困から立ち上がって貧困を何とかしよう」っていうリベラル人間は少数派であり、多くは「実家の太いナイーブな落ちこぼれ」とか「色々問題があって主流になれなかったヤツ」とかで、低い自己肯定感を色々拗らせてサヨクになってしまったのである。だからテメェに都合の悪い事には一切耳を傾けないし、今回の選挙みたいに大敗しても「国民がバカだから」とか平気で言うのである┐( -"-)┌

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 だから「今後サヨク勢力が巻き返す可能性は?」と問われたら、ワタクシは「残念ながら無い、このまま行けるトコまで少数先鋭化していく( ̄~ ̄)」と答える次第である。自己肯定感が低過ぎて反省ができないんだから、そりゃ改善なんてムリな話である┐('~`;)┌ココ最近SNSで「我々は正しかったけど、国民がバカだから負けた」とか言ってるヤツが増えたのは、恐らく「更なるサヨク支持者離れを防ぐために、団結心を高める為に敢えてそうしてる」とワタクシは踏んでいるのである。反省とか議論とかをしたら間違いなく分裂からの内ゲバになるんで、このまま突き進むしかないのである。

*やっぱり神様なんていなかったね
 別にニッポンに限った話じゃなく、欧米先進国などの各種社会運動も似たり寄ったりである。物理的経済的貧困は殆ど無く、不器用だとか実力不足だとか社会不適応とかで居場所や成功を掴めずに自己肯定感が空になってしまったヤツが、社会運動に傾倒してソコで居場所や生き甲斐や掛け替えのない仲間(と人生一発逆転のチャンス)を見出して人生に潤いを取り戻して、ソレを守るために日に日に過激になっていくのである。ハマればハマるほどにカタギに戻れなく&今の居場所を捨て難くなっていき、ソレを表舞台には決して出てこない狡賢い悪人によって食いモンにされてしまうのである。

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 結局、中世時代から人間は変わってないのである。昔は宗教が担ってたソレを、ちょっと昔までは共産主義ファシズムが担ってて、ソ連が崩壊した後は環境運動やリベラリズムやポリコレが担うようになったのである。言い換えるなら「神様の居ない宗教」ってトコである。宗教だからテメェ(等)が間違ってるなんて一切考えないし、宗教だからテメェ等以外は異教徒で敵だし、宗教だから躊躇いなくテメェの身を捧げられるのである。今後22世紀、23世紀と科学技術が何処まで進歩しようとも、宗教は姿形を変えながらもずっと残り続ける、そう確信した今日この頃であった。.