ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m
「老化は肉体的な条件よりは、精神的な条件のほうが大きい。希望を失ったり、絶望したり、自信を失ったとき、人は急速に衰える。つまり若さを保つには心の栄養をとることが大切だ」
By 島津幸一
といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。
*古参者vs新参者
日産やポルシェみたいな既存メーカーのEVと、テスラやBYDといった新参メーカーのEV、一番の違いは何かって「既存顧客の有無」だと思うのである。例えば日産もポルシェも、EVの主要顧客は「今まで自社のICE車に乗ってた既存顧客」である。で、そういう顧客が何を一番嫌うかって「違和感」である。だからEVのデザインやら乗り味やらハンドリングとかは、可能な限りICEのソレに寄せることになってしまうのである:
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EVの特性に特化してソレを最大限引き出せるようなセッティングにしようと思っても、既存顧客がソレを違和感だと感じてしまえば、ただソレだけで敬遠する理由になってしまうのである。だからエンジニアリング的に勿体無い部分が多々あっても、既存ICE客が素直に移行できるように作る必要があるのである。
ところがテスラやBYD等には、そのICEに慣れた既存顧客が居ないのである。来るとしたら最新ガジェット大好きなデジタルオタクや、既存のICE車にこそ違和感を感じてるヤツとかである。そういうヤツ等に対してはICE車に近付けるよりも、寧ろEVの特性に最適化された作り方の方がウケるのである:
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デジタル操作に特化した内装、ワンペダル操作前提の強い回生ブレーキ、直線加速に特化したセッティング等々。寧ろICEと強く差別化した方が個性が際立つし、敢えて新参メーカーのクルマ選んだ人もそっちの方が満足するのである。コレはどっちが良いかという話ではなく、完全に好みで決めれば良いのである。そういう意味でも、双方に試乗することは大事なのである。
*4年目の変化
ウクライナ紛争が始まって、今日で丁度4年である( ̄~ ̄)ワタクシは以前から「第二次世界大戦後というのは1945年8月15日から2022年2月24日までの期間であり、2022年2月24日以降は第三次世界大戦前」と言っているが、その考えは今も変わってない次第である。この日以降、世界中(特に先進国)に漂ってた過剰なまでの多文化共生思想やポリコレ思想やグローバリズム思想が一気に息を潜め、何処も彼処も一気に現実主義へと回帰していったのである。この紛争がどんな結末になろうとも、世界は引き続き「自由主義陣営vs専制主義陣営」の2つに分断していくと思われるのである。
でもってそのウクライナ発の世界の変化ってヤツは、ニッポンにおいても感じられるようになったのである。あの日以降、主にサヨク共が主張する憲法九条に基づく理想主義的な平和主義思想が全て「ウクライナ、はい論破」で片付くようになってしまい(笑)以降の国政選挙も「フワッとした理想ではなく、具体的且つ現実的な提案を」って有権者の意識が高まってゆき、理想に固執する政党は選挙する毎に議席を減らしているのである。ぶっちゃけた話、れいわや参政みたく明らかにロシア寄りを明言してるトコの方が着実に議席を伸ばしてるのである。今の時代、明言しない方が支持を得られんのである。
旧来野党(中道、社民、共産、れいわ)がココまで衰退した理由ってウクライナ云々、早苗ちゃん云々もあるんだろうけど、やっぱ「次世代野党(維新、国民、参政、みらい)が新たに非自民の受け皿として台頭してきたから」だと思うのである。今SNS等でサヨク連中が大騒ぎしてるのは、今回の選挙で連中が回帰不能点を超えてしまったことを自覚したからだと思うのである。緊迫した世界情勢から人々が現実主義に立ち返って、かつ現実的&具体的に提案する「戦前野党」が出てきた以上、もう「戦後野党」は先細っていくしか道が無いのである。
*テロに御用心
何故連中がココまで「国民はバカ」的な事を上から下まで延々と連呼するかって、先ずは「先細りを防ぐために残存してる支持者との一体感と結束を高める為」であろう。こんな具合に「周りが皆バカで、我々だけが正しい道を歩んでる目覚めた人間なんだ」って思わせることで支持者達を安心させ、更には「もう居場所はココにしかない」ってより一層依存させるのである。そして邪悪な見方をすると「こうやって国や自民や社会や国民に対する憎悪を煽ることで、誰かが暴走して行動してくれるかも」って願ってるんじゃないかと穿ってしまうのである( ̄~ ̄)
確率的にはン十万人、ン百万人に1人ぐらいかも知れないけど、過激に煽りまくればソイツの心に火が点いて「ココで○×の首を取ればニッポンは救われて、俺の惨めな人生も報われるかもッ!」ってなる可能性があるのである。もう選挙でもデモでも政権をひっくり返すことは出来ないなら、こういうやり方にワンチャン賭けるしかないのである:
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こんな風に忠臣蔵的に実行犯を悲劇のヒロインに仕立て上げられれば、ソコから「正しい事のためには多少アレな方法も止むを得まい」って風潮を作り出せるのである。上手く行けば、ソコからデモと暴動でワンチャン政府転覆もあるからである。まぁニッポンじゃソコまで上手く行く可能性は非常に低いのであるが、用心するに越したことは無いのである。自由と権利が守られなくなったら民主主義は終わり、改めてそう思う今日この頃であった。
