アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

DAMAGE 381

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「善とは、家畜の群れのような人間と去就を同じうする道にすぎない。それを破ろうとするのは悪だ」

By 森鴎外


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*第二世代から第四世代へ

 先月【iPhone5】を購入してから一か月、ワタクシも全くノーマークだったからアレなのだが、何時の間にか【第四世代iPad】が発表になっていたのである。第三世代から半年と早過ぎる気がしないでもないが、まぁiPhone5に歩調を合わせる&ライバルが新製品を発表するタイミングもあるだろうから、ある意味仕方ないっちゃ仕方ないと思うのである。ワタクシのソレも購入してから既に1年半、買い替え時としては強ち間違っちゃいない。単純にワタクシはミーハーだから”最新型”という響きに弱いのもあるが(笑)何よりリンゴ製ガジェットを【Lightningコネクタ】で統一した方が管理が楽だからである。今持ってる第二世代iPadが従来の30ピンコネクターを使用してるから、その使い分けが色々面倒くさい→丁度良いタイミングだから買い替えてコネクターを統一しちゃおうって話である。パソコン接続用、自宅での充電用、車載用、カバン内で持ち歩き用。コネクターはコレだけ必要になるのだから、2種類あると如何にややこしいかがお分かり頂けると思うのである(爆)


 とりあえずワタクシは11月末発売のWi-Fi+Cellularモデルの64GB狙うつもりなので、実際買うのは12月頃か年明けぐらいだろうと思うのである。iPhone5の時にソレを実体験したのであるが、予約と受け取りの計二回も長時間並んで待たされるのはもう勘弁してほしいのである(笑)因みにiPhone5であるが、ワタクシの個体は今んトコ絶好調そのものであり、ネットで言われてるような初期不良は皆無である。が、新型を買って不便だなと思ったのは「対応アクセサリーがない」という点である(^_^;)確かに保護フィルムとケースは山ほどあるのであるが、ドレもコレもプラスチックかシリコン製の安っぽいソレばかりであり、ワタクシ好みのアルミかジュラルミン製バンパーが見当たらないのである(-_-;)も一つ不満があるとしたら、ワタクシんトコにはLTEが未だ来ていないという点である。LTEが来てればiPhone5も本領発揮してサクサク動くのであるが、来ていなきゃ前世代モデルとさほど変わらなかったりする(´・ω・`)iPhone5購入予定のロンマニアの皆様、LTEエリアは要チェキですぞ。


*独立心vs一体感

 若者のクルマ離れが止まらないらしいのである。ニッポンだけの話ではなく欧米でも、である。理由はニッポンのソレと同じく「若者にはカネが無い」とか「クルマ以外の楽しみが増えた」とかやらである。その話を聞いて、ワタクシに思う事が1つあるのである。若者のクルマ離れと、SNSの爆発的な普及。この二つには大きな因果関係があるのではないか、と。まずクルマ好きの話である。ぶっちゃけた話、クルマ好きのワタクシですら、クルマはムダだと考えている(笑)購入価格が高い、維持費も高い、走ればガソリンを食って地球を汚す、しかも同じ区間を公共の乗り物と比較しても明らかに高価、しかも多かれ少なかれ自分が事故にあう&他人を事故にあわせるリスクすらあるんだから、クルマに乗って良い事なんて無いのである(爆)どう考えたってバスか電車といった公共の乗り物、あるいはチャリの方が遥かに優れているのである。


 ココまで不合理だと分かっていても、じゃあ何故世界中でクルマ好きがいなくならないのか。自己顕示欲?快楽の追及?ワタクシが思うには「一人になりたい」「自由に動きたい」という孤高の独立心である。こういう孤高の独立心の持ち主にとって、クルマは自由の象徴なのである。速いか遅いか、コスパが良いか悪いか、効率が良いか悪いかではなく「自分はどうしたいのか」が最優先なのである。行きたいトコに行きたい時に、自分の個性を最大限反映させた乗り物に乗り、自分の通りたいルートを通って行く。良くも悪くも自分が好き&自分に自信があって、自分に妥協するのを良しとしない人間にとっちゃ、クルマかバイク(及びチャリ)以外の選択肢は存在しないのである。だからクルマ好きとの会話って楽しいのである。独立した人間ってのは確固とした人生哲学を持ってるから、一緒に話をしていて非常に勉強になるのである。


 でもってSNSである。SNSをやる人間が真っ先に考えるのは「常に誰かと繋がっていたい」「一体感を味わいたい」という集団主義である。21世紀になって多様化と情報の透明化が進み、今や選択の幅は無限に等しいのである。ドストエフスキーは「人間にモノホンの自由を与えると、その重さに耐えられなくて自殺する」と言っていたが、つまりそーゆー事である。一人で情報と価値観の大海に投げ出されて不安で不安でしょうがないから、仲間を求めるのである。ドイツの諺に「友達は良い。楽しい時には喜びが二倍、苦しい時には辛さが半分になる」という言葉があるが、その母数を限りなく増やそうというのがSNSなのである(笑)集団の一員である事に価値を見出す&そのために自己主張を抑える事を良しとする人達にとっちゃ、クルマの維持費を可能な限り飲み会やら合コンやら、流行のモノを買うための資金に充てたいに決まってるのである。


*相対的真理の死角

 独立を求める生き方と、一体感を求める生き方。どっちが正しいのかはワタクシだって分からん。ただワタクシは一人で自由にやるのが好き&アスペルガー故に一体感なるシロモノが理解できないので(笑)前者を支持してるだけの話である。何ちゅーか、ワタクシがこの上なく愛するのは「真理」である。無論、絶対的な真理なんぞ無いことは百も承知である。世の中に存在するのは「各々が自分の中に持つ相対的な真理」であり、お互いの真理同士のギブ&テイクにより地球は回ってるのである。では、どうすれば真理に近づけるか?ワタクシが出した答えは「自分自身を徹底的に追及すること」である。すなわち己自身に対する独立宣言であり、他人の解釈ではなく自らの解釈を掘り下げる事により己を極めるのである。どんな分野であれプロフェッショナルと話してて楽しいのは、知識や認識が広く深いだけでなく、全てが整合性を持って一つの世界を形成しているからである。


 でもって良く作られた相対的な真理ってのは、ソレだけで非常に価値があるのである。地球からじゃ月の裏側は見えないように、自分一人で極められる真理には必ず死角がどこかにあるのである。ではどうやって死角を埋めるのか。答えは簡単、違う視点を持ってる人に見てもらえば良いのである。そうやって相対的な真理を追い求める者同士がコミュニケーションを取る事により、互いの真理の死角が分かる→死角を知る事で更に己を高められるのである。だからワタクシはどんな分野であれ、何かを極めた人の話を好むのである。正直な話、何も知らない&何も考えない半端なヤツと大勢友達になったって、得るモンが何もないから面白くも何ともないのである。だからと言ってロクに人付き合いもせずブログばっか書いてる生き方が正しいとも思えないので(笑)リフレッシュして心機一転を図りたい今日この頃であった。