アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更にはGT-R&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

COLLAPSE

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「(コーチが)日本一の理論を持っていても、その使い方を間違えれば、選手は動かない」
By 野村克也

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*成功者になりたい
 ただフツーに生きてければソレで良いのか、或いは自分のポテンシャルを最大限に引き出して成功者になりたいのか。発達障害当事者が選ぶ道ってのは、大きく分けてこの2つがあるとワタクシは思うのである。前者の「フツーに生きていく」に関しては、今はナマポや障害者雇用職業訓練所などといった社会インフラが結構充実してきているので、ソコはあまり心配しなくても問題無いのでである。問題は後者の「自分のポテンシャルを最大限に引き出して成功者になる」であり、こちらは残念ながら充実してるとは言い難いのである。ワタクシは以前から後者を追求してるのであるが、何処へ行っても「贅沢言ってんじゃねーよバカヤロー」って言われる始末である(笑)


【堀江貴文】成功者の90%は意外と〇〇な奴が多い!

 でもって「成功者になりたいッ!」って考えるのならば、ぶっちゃけ標準医療の出番は無いのである。何故なら標準医療ってのは最低限のQOLを守るのがメインであって、最高のソレを引き出すのは管轄外だからである。でもってワタクシがなりたいのは当然だけど成功者であり、同じ様に成功者になりたい発達障害持ちのロンマニアの方々の為に当ブログでもそのためのネタを随時提供してきた次第である。まぁでもその所為で色んなトコで「勝ち組人間」だの「ウエメセ野郎」など色々言われまくってるが、ソレもまぁ愛敬である(笑)道が無けりゃ作るしかないんだから、引くワケにはいかんのである。

エビデンスの限界
 ワタクシは一応医者なので、治療においてエビデンスに基づいた医療(略してEBM)を用いる事は基本中の基本として弁えているつもりである。が、世の中にはエビデンスがニーズに追いつかない場合が間々あるモンであり、発達障害当事者におけるケアもその一つである。当事者に対してEBMが出来る事は「社会適応の困難などで二次的にうつ病などを発症してしまった人に対する各種治療」の一点であって「どうすれば社会適応できるようになるか」とか「社会適応の原因となるモンをどう治療するか」ってのは存在しないか、存在したとしても非常に乏しいエビデンスしかないのである。要は一番重要なトコに対し、標準医療が出来る事は限られてしまってるのである。


のばそう!しずおか健康寿命【自閉スペクトラム症とオキシトシンによるその治療の試み】浜松医科大学精神医学講座 教授 山末英典氏

 ワタクシが医療の面から発達障害を語る事があまり無いのは、つまりそういう事である。ワタクシら当事者が欲しいのは上手く社会と折り合えるかのノウハウであって、決して折り合えなかった時の苦しさを和らげるための向精神薬の処方箋ではないからである。でも医学界にあるエビデンス向精神薬の効果に対するデータばかりであって、合コンでお持ち帰りできる確率を上げるノウハウに関するエビデンスは皆無なのである(笑)ワタクシの関心は「どうすれば発達当事者が社会の中で上手くやっていけるか」の一点にあるのであり、決して二次障害の治療ではないのである。根っこを引っこ抜かなければ、雑草は何回だって生えてくるのである。

 ワタクシも患者側としてソレを経験した事があるから分かるのであるが、ぶっちゃけ向精神薬って根本治療のための薬じゃないのである。アレはいわば酒みたいなモンであり、衝動を抑えて落ち着かせるためにあるのである。その落ち着いてる間に根本的な問題を時が解決したり他人が何とかしてくれれば万々歳であるが、そうでなければズルズルと悪循環に陥っていくのである:

薬が処方される

根本的な問題が解決されないから、精神状態は変わらないまま

身体が薬に慣れてくると、効きがドンドン落ちてくる

更に強い薬が処方される

薬が強過ぎるとQOLが低下して、根本的問題の解決が更に困難になる

マトモに生活が出来なくなり、ナマポを申請するようになる

ナマポをゲットするための診断書を書いてもらう

\(^o^)/

こういう風にドツボにハマって出られなくなった人をワタクシは何人も知ってるし、ワタクシも危うくハマりそうになったモンである(^_^;)でも残念な事に、EBMが出来る事は現段階ではココまでである。ソレ以上のモンを望むのであれば、EBM外のやり方をリスク上等で色々試すしかないのである。ワタクシが民間療法を否定しない理由がコレである。

*ぼくたちは時間が足りない
 こういう事を書くと、必ずと言って良いほど「ならば我々と一緒に声を上げて社会の理解を広めて、発達障害の人が暮らし易い社会にしましょう」って言うヤツが居るのであるが、ワタクシはお断りさせて頂く次第である。何故なら前にも言ったと思うけど「理解する」と「受容できる」はまた別の話だからである。何故なら人間というナマモノは理論で生きるのと同時に感情でも生きているため、片方だけを良くしてもダメなのである。たとえソイツがアインシュタインの頭脳とキリストの慈悲を持ち合わせたヤツであっても、チビでデブでハゲでワキガだったら間違いなくモテないであろう(笑)理解を深めるだけじゃ物事は解決しないのである。

 百歩譲って理解と受容が進んだとしても、ソレが社会に完全に根付くまで何年かかるんだって話である。アメリカの公民権運動が始まってもう60年以上が経った今なお黒人差別は根強いんだから、発達はどのぐらいかかるんだって話である( ̄~ ̄)

ドキュメント=キング牧師の黒人差別反対のたたかい、その生涯
でもって運良く根付いたとしても、その頃のワタクシは生きてないか、足腰立たんぐらい老いている事であろう。そうなってしまったら、どうやって合コンで若い娘をお持ち帰りすればいいんだって話である(笑)そのまんま「時代が悪い、社会が悪い」って言って善良なまま何も出来ずに年老いていくか、リスク上等炎上上等で成功者を目指すか、最早考えるまでもない今日この頃であった。

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