アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

LEGACY OF THE CATACOMBS

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「安全な道を求める人は、痛みを与えることのない義手義足に取り替えるために自分の手足を切り離す人みたいなものである」

By ヘンリー・ミラー


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*力なき正義は無力であり、正義なき力は圧制である

 サブタイはパスカルの「パンセ」に出てくる言葉であるが、その通りだとワタクシは思う次第である。だから最近メディアを騒がせている集団的自衛権のソレも、ワタクシは賛成に一票投じるのである。集団的自衛権でニッポンは戦争する国になる?集団的自衛権やってる国はあっちこっちにあるけど、何処も彼処も戦争してるのかって話である。個別的自衛権で十分?相手がニッポンよりも遥かに強かったらどうするんだって話である。戦争は外交で避ければ良い?ソレが出来てりゃチベットウイグルは占領されてないって話である。理想は理想で大事だけど、現実は残念な事にカネと軍事力がモノを言う世界に我々は生きているのである。だから、現実的な選択をする事の何が悪いんだって話である。


 前々回にいじめをネタにした時にも話したが、いじめだとかパワハラだとかから身を守る最も有効な方法は「力を身に付ける」のと「有力者をバックにつける」の2点なのである。でもって平和ってのは、この2つを持って初めて保たれるのである。複数のDQNに囲まれたひ弱でぼっちなヤツが「は、は、話し合おう(震え声)」なんて言ったって、誰が応じるんだって話である(笑)逆にソイツが筋骨隆々の柔道黒帯か、あるいは親が地元の権力者だったりして、ソイツが「(力ずくでも別に良いんだけど、損するのはそっちだから)話し合おうよ」と言ったら、話し合いどころか言葉を交わさずに終わるのである(爆)集団的自衛権国連憲章にも定められてる権利&永久中立を謳ってるスイスがガチガチの要塞国家なのは、つまりそういう事である。

 だから言っちゃ悪いが、コレに反対するヤツの相場は決まってるのである。ソレはズバリ「昔いじめられっ子だったヤツ」である。テメェに力とコネが無かったが故にいじめられて、でも力とコネの無いテメェを認めたくなくて、ソレを「いじめを容認する世の中が悪い、自分は何も悪い事してないから悪くない」って事にしてるのである。そしてソレがルサンチマンと化して「我々は崇高な理念のために殉じている。戦争大好きで俗物ないじめっ子どもよりも偉いんだ<( ̄^ ̄)>」ってなるのである。連中に建設的な対案が無いのは、抑々建設なんかする気が無いからである。連中の真の願望は「いじめっ子が支配するこの国と社会をメチャクチャにする」であり、ソレ以外の事は眼中にないからである。


*怠惰の代償

 ニッポンに真っ当な左派政党が無いのは何故か。本来ならばドイツや朝鮮みたく東西や南北に別れて住むはずのイデオロギーを1つの国に押し込んだものそうかも知れないが、一番はやっぱり「ルサンチマンを票として取り込む旨味を覚えてしまったから」だと思うのである。特にココ最近はグローバリズムの影響で格差社会が一層大きくなってきてるから、その分ルサンチマンも増えてきてるのである。ソレを上手く煽ればデカい票源となる事は、6年前に民主党政権が誕生した事から分かると思うのである。だから誰もマトモな左派的政策を作ろうともせず、只管ルサンチマンを煽るだけ。だからこんなバカなやり方でしかテメェの存在をアピールできないのである┐( ̄ヘ ̄)┌

 ワタクシは問いたい。与党時代の3年間、民主党は一体何をしていたんだ、と。そして今までの3回の選挙において、テメェ等野党は一体何をしていたんだ、と。その間に右派からの支持も得られるような現実的でマトモな左派的政策さえ作り上げていれば今でも民主党政権のままで居られて、強行採決もへったくれも無しに現状維持が出来たのである。でもテメェ等はルサンチマンを煽る事ばかり考えていて、現実的問題から目を逸らし続けたから、政権取られて今に至ってるのである。だから恨むんだったら自民党政権を恨むのではなく、政権を再度取り返せなかった無能な民主党(及びその他野党)執行部を恨むべきであるとワタクシは考えるのである。


 だから野党がやる事なんて、後にも先にも1つしかないのである。右派支持者や経済界からも一定の理解と支持を得られるような、現実的かつ具体的な対策を作る事である。ソレやったらルサンチマンで得られる票は大幅に減るし、従来のサヨク票も失う事になるであろうけど、世の中を動かす有力者や実力者の支持を得る事が出来るからである。自民党がアレだけボロクソ言われながらも何だかんだ政権保ってられるのは、そういう有力者や実力者をシッカリ抑えてるからである。だったらその有力者や実力者、及びホワイトカラーやインテリ層の一部を引き込めるような政策を提示するのが重要ってモンである。簡単には揺れない確実な政権を取ったら、改憲なり廃案なり好きにすれば良いのである。


*乗るしかない、このビッグウェーブに?

 あとこの一連の事件で思ったのは、やっぱニッポン人ならではの世の中の考え方である。コレに反対する人って上記に挙げたルサンチマンもそうだけど、一番多いのは「今までニッポンはコレで上手くやってきたのだから、コレまでの流れを変えたくない」って考え方じゃないかと思うのである。よーするに、西洋的思想と東洋的思想の違いである。キリスト教がベースの西洋的思想においては「この世で一番偉いのは人間であり、人間は神から世界の管理を任されている」が基本思想なのである。自分達人間が主体だから、ルールが合わないと思ったら変えちゃうし、より良いルールを決めるための話し合いや修正も欠かさない。あのドイツですら、51回も憲法改正してるのである。


 でも「人間は他の動物同様に自然の一部である」っていう東洋思想が中心であるニッポンには、その概念が無いのである。よーするにアメリカに負けてニッポンに憲法が押し付けられたのは「自然の流れ」であり、ソレを変えてしまうのは「自然に逆らう事」なのである。でもって今までニッポンという国が上手くやれたのは「自然の流れに上手く身を任せた」からであるから、集団的自衛権で”自然の流れにちょっかい加えよう”とすると「後々悪い流れが来るのでは」って心配になるのである。でもって「何を以って”自然の流れ”とするのか?」って答えに対しては「分かんないけど、何となくある」なのである。議論を尽くすべきは集団自衛権の是非ではなく、この「何を以って”自然の流れ”とするのか?」だと思う今日この頃であった。