アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更にはGT-R&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

KENTUCKY

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「失敗をしたことのない優等生が管理職に就いても、どこか迫力に欠ける。自ら失敗に苦しんだ体験がないので、部下に注意をしても説得力がない。これでは部下がついていくはずがない」
By 川上哲治

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*先進国になりたい理由
 平均寿命が53歳ぐらいで、8人に1人の子供が5歳までに亡くなって、死因の上位に「感染症」「他殺」「栄養失調」がある。昔の話ではなく、今のアフリカ諸国の貧しい地域の話である。因みにニッポンは平均84歳、526人に1人、上位がガンと心臓病と老衰である。因みにニッポンも江戸時代とかになると平均寿命が40歳ぐらいで、平均して1人に虫歯が10本ぐらいあって、虫歯が原因の死亡も多かったそうである(^_^;)こう書けば何故発展途上国の国々が「ニッポンみたいな先進国になりたいッ!」って思うのかが容易に理解できると思うのである:

ザ・ドキュメンタリーあすへの種まき~西アフリカの貧困と闘う80歳120602 标清 cut
ニッポンに住んでりゃ何処の都道府県にも必ず病院があって、24時間365日常に薬や医療機器や医師がスタンバってて、自分から行けなくても救急車が飛んできてくれて、しかも保険が利くと来たモンである。なぜソコまで至れり尽くせりの医療ができるかって、ニッポンが豊かな先進国だからである。サヨク連中が時折「豊かさを追いかけるのは止めよう、皆で等しく貧しくなろう」と言ってるのだが、ソレ即ち「医療が行き渡らなくて死ぬ事も覚悟しとけ」って言ってるのと同等なのであり、決して受け入れられるモンではないのである。

 確かに今の中国みたいに、発展途上国が経済成長するにあたって二酸化炭素をガンガン吐き出して環境がアレになったりだとか、工業化が進んだり人口が増加するに際して汚染物質が増えて環境汚染がアレになったりだとかはあるのは間違いないのである。が、だからと言って「テメー等は昔ながらに53歳ぐらいで肺炎や戦争で死んどけ」って言われて納得できるだろうかって話である。特に今の発展途上国の貧困云々ってのは、多くの場合今の先進国が植民地化して搾取しまくった結果だったりするんで、余計ソレを言うのが難しくなってるのである(^_^;)そう、環境問題ってのは「地球が危ないッ!」ってだけで皆を説得できるほど簡単な問題じゃないのである。

*ギブミー説得力
 こう書けば、ワタクシが何故【16歳少女による怒りのスピーチ】に賛同できないかお分かりいただけると思うのである。言っちゃ悪いが、経済成長し切って社会インフラが進歩しまくったが故に登校拒否してても余裕で暮らしていける国の白人の小娘が「学校行けない」とか「経済成長なんかクソだ」などと叫んでも、マジで経済成長を望んでる発展途上国の人間からしてみたら「モノホンの死や苦しみを見せてやろうか(#゚Д゚)ゴルァ!!」って返されるだけである。要するにこの子(とその背後にいる環境保護運動家の連中)は、先進国の中でしか物事を考えておらず、先進国の人間にしかアピールできてないのである。そんな言葉に説得力などある筈も無いのである。


「よくもそんなことを」グレタ・トゥーンベリさん、国連で世界の首脳らへ怒り

 まぁでも何故彼女が活動家のアイコンになったのかは何となく分かるのである。子供で、女の子で、ワタクシ同様【発達障害持ち】で、多分だけどいじめられっ子。社会的に”弱者”と呼ばれる要素が、この子には詰まってるのである。そんな子が”弱い”自分を奮い立たせて表へ立ち、全身全霊で”悪の強者ども”に立ち向かっていく。そんな姿を見たらルサンチマンやらメサイアコンプレックスやらを抱えたヤツ等は「俺/私が彼女の盾になるんだッ!」とか「正義のための戦いだッ!」っていう”大義名分”を手に入れて”悪の断罪”へと動き出すのである。よーするに、某れいわの某山本と同じなのである。こーなると、もう理論もエビデンスもへったくれも無くなってしまい、集団ヒステリー的に動くようになってしまうのである。


【真の愛国者】山本太郎 伝説の演説

 もしワタクシが彼女に言える事が一つあるとしたら「ちゃんと学校行って勉強して、色んな角度や色んな価値観から物事を見れるようになりなさい」といったトコである。まぁ彼女が発達障害云々で学校や人間関係でのトラブルがある事は想像に難くなく、ソレ故にこういう活動に身を投じたんだろうけど、ソレでもである。冒頭にも書いたように、環境問題ってのは政治社会の問題と複雑に絡んでるから、ただ単に「地球が壊れる」だけじゃ説得力を持たないのである。だからソコんトコをシッカリ勉強して、出来るだけ多くの人を「正しく」「納得させる」必要があるのである。世の中0か1かで決めつけられるほど単純じゃないのである。

*説得力の無い正しさは学術論文、正しくない説得力はプロパガンダ
 そう人を動かす演説をしようと思ったら、正しさと説得力、この2つが揃ってないとダメなのである。例えば医療ミス事件の記者会見とかでも、家族を失った母親が「あの子が居ないのが耐えられませんッ!あの子を返してくださいッ!」って涙ながらに語る方が、白衣着た偉そうなオッサンが「え~この件につきましては云々」って事実だけを淡々と語るよりも説得力があるが、つまりそういう事である(笑)一説によると「理性:感情=1:9」との事であるが、どちらにせよ人間って感情で動く事の方が実は多いのである。だから正しさを主張したいんだったら、そういう感情面もある程度考慮する必要があるのである。

 でもってこの「理性:感情=1:9」ってのが、今の世の中実に悪用されやすいのである( ̄~ ̄)そういう人間の根本的な部分はあんま変わらないにも関わらず、通信速度や通信量だけは大幅にアップしたのだから、益々以って悪用し易くなってるのである。今回のコレもそうだけど、ネットやSNSで拡散して数を募って、質的な勢いだけで物事を押し通そうとする。そんな風潮が強まってるのである:

韓国 大統領の退陣を求める大規模デモ動画
でもって民主主義というシステムの問題上、熟考しようが衝動的に投じようが、賢者だろうが愚者だろうが、善意だろうが悪意だろうが、いずれも等しく一票としてカウントされるのである。だからルサンチマンだろうがメサイアコンプレックスだろうが効果的に煽って数を集めれば、ソレが力となるのである。まず何とかすべきは環境ではなく、人間の意識。改めてそう思う今日この頃であった。

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