アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

APOCALYPTIC FEASTING

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「生徒の準備ができたとき、先生は現れる」

By 本田健


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*結果>正論

 良く巷で「何故会社のシャッチョは独り善がりで強引なヤツが多いか?」という疑問があるが、実に簡単な話である。答えは「ソレで成功してきたから」である。商売の世界ってのは結果が全てであり、その上「こうすれば確実に儲かる」って方法論が無い。だからその世界で成功したヤツは「俺のやり方は正しいッ!」って強く確信してしまい、ソレを部下にも押し付けるようになってしまうのである。だから【ブラックで有名な某居酒屋チェーンのシャッチョのソレ】についても、ワタクシは同様の考えを示すのである。あのシャッチョ的には「俺はこの方法で一代で成り上がったッ!」って事が持論に対する絶対的な自信の基であり、どんな反論も「俺より儲けてないヤツが何言ってるの?」でお終いである。



 そう、具体的な成功例ってのは、何も生み出さないヘタな正論よりも、遥かに説得力があるのである。例えばイチローは偏食で有名であり、毎日のようにカレー食ってた時期があったとの事だけど、何故コレが受け入れられるのか。実際はカレー毎日食っても問題は無いから?答えは「イチローだから」である。イチローがニッポンやきう界最高レベルの選手だからこそ、この偏食が受け入れられてるのである。もしコレを名も無き二軍選手が言おうモンなら「カレー食ってねーで練習しやがれ、このデブ(`д´)」って言われる事請け合いナシである(笑)世知辛い話だけど、言葉ってのは権利的に言えば全ての人が平等だけど、重みは地位や実績により大きく変わるモンなのである。


*学生の本分

 だから古人曰くトコの「世の中を変えたきゃ自分を変えろ」っていうのは、つまりそういう事なのである。自分をより良いモンに変えて、その結果偉くなったり金持ちになったりすれば、自ずと言葉に重みと説得力が生まれる。言葉に重みと説得力があれば、結果として世の中が変えるだけの力を持つようになるのである。だから世の中を変えたいと思うのなら、デモなんかやってる場合じゃないのである。先ずやる事は自分が今すべき事を一生懸命やって、その分野で偉くなる事なのである。社会人なら仕事を、スポーツ選手なら練習を、学生は勉強をである:

この【渋谷でデモしてたガキ共】が愚かなのは、つまりそういう事である。2月下旬っていったら、高坊ならば受験か期末試験で一番忙しい時期である。ワタクシの高坊時代はこの時期になると勉強に忙しすぎて、トイレでウ○コする時間すら惜しかったほどである(笑)そんな時期に街へ出てデモだなんて、ワタクシの悪口のレパートリーを全て使っても足らないぐらい愚かだとしか言い様が無いのである┐( -"-)┌


 このブログを当日デモしてたヤツが読んでるかどうかは分からんが、読んでいるならワタクシは「こんな下らん事やってるヒマがあるなら勉強しやがれ」と忠告する次第である。どんなに政治や社会に関心を持ち、その分野に詳しくなったとしても、重みや説得力の無いソレには世の中を変える力など無いからである。どんな分野に進むのかはワタクシの知るトコではないが、先ずは進んだ先で成功して偉くなる。偉くなれば声を大にして叫ばなくとも、周りが勝手に言葉を聞きに来るからである。50年前に今よりも遥かに大きな規模で学生運動が起こっていたのに、ニッポンが変わらなかった理由がコレなのである。古今東西、世の中を変えるのは言葉ではなく、行動なのである。


*自分を変えたくない人達

 だから今回、60年代の安保闘争と違ってデモする人間が少なかった事について、ワタクシは政治への無関心だとは思っていないのである。世の中を変えるには自分を変えるしかないって理解してるからこそ、マトモな人はデモに切り出す事無く、各々の分野で頑張ってるのである。よーするにニッポン社会が熟成してきたって事である。だから世の中を変えようとするヤツは、ワタクシに言わせれば相場は決まってるのである。ソレは「自分を変えられないor自分を変えたくないヤツ」である。実際ワタクシの周囲で「世の中を変えたいッ!」って言ってるヤツがコレであり、批判したり反論したりすると逆ギレするか、いじけて自虐的になるかのどっちかである。


 自分を変えるって事は、自分の長所を伸ばしたり、自分の短所を改善したりするという事である。でもってワタクシの知る限り、世の中を変えようとするヤツは、テメェの欠点を直視できないヤツなのである。その欠点を「多様性」とか「個性」とかいって正当化して、ソレを「多様性や個性を認めない、偏見に満ちた社会が悪い」「偏見な社会から自分らを守らない国が悪い」って言って、ソコから「自分達がどんなに頑張っても社会や国のせいでダメになる。だから世の中を変えるために声を上げるしかない」って結論に達するのである。そうやって永遠に勝てない相手と延々と戦う事で、テメェの至らなさから更に目を逸らす結果となり、あとはその悪循環である。


 あとコレはワタクシが前々から言ってる事であるが、もしもホントのホントに社会や国が悪いと思ってるんだったら、その国を出て行けばいいのである。コレは煽りでも何でもなく、本気で言ってる事である。今はグローバル化の時代なんだから、1つの国だけに捉われるなんてバカバカしい事である。でもワタクシの知る限り、文句を言うヤツほど出て行かない。文句を言い続ければ誰かが同調してくれて、ソコから同調者の数が増えて、ひょっとしたら大きな波になるかも知れない。自分を良くする事は何もせず、そんな淡い希望(てゆーか願望)に縋りついてる。そんなみっともないヤツになりたくないのなら愚痴るのを止めて、目の前の仕事に集中するべし。そう決心を固めた今日この頃であった。