アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&718ボクスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

PERMISSION TO LAND

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「この世にありては正義は必ずしも勝ちを占めず。正邪時に相転じ、相反し、孝貞節義の人、往々にして無惨の死に終わることあり」

By 夏目漱石


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*下々と法律

 今ニッポンと韓国の間で慰安婦云々や徴用工云々で色々揉めていて、ニッポン側は「国内法よりも上位に位置する国際条約や二国間協定を反故にするとは何事だo(`ω´*)o」って怒ってるらしいのであるが、コレ実は韓国ならではの事情があるんだそうである。韓国が民主化されたのはつい32年前の1987年からで、ソレまでは軍事独裁政権だったり併合されてたり実質属国だったりして、お上と下々がクッキリ分かれてたのである。だから法律やルールってシロモノは「上が勝手に作ったモン」であり「権力者などの強者が恣意的に悪用するモン」であり「都合が悪ければ一方的に作り変えられたモン」だったため、韓国人はニッポン人ほど法律や条約を絶対視していないらしいのである。



 だから法律の盲点を突いて押し通したり、より大きな価値観(人権、宗教、民族意識など)を掲げて堂々とルールを破ったり、或いはデモやストを起こして要求をゴリ押しする事は、ある意味「下々の人間による生存戦略」なのである。でもって今の韓国大統領はその時代にサヨク系弁護士として民主化運動に参加してた人なので、当然だけどその手法を知り尽くしてるのである。だから韓国側は「元慰安婦や元徴用工の人権や、国民の声という”大義”を掲げれば、国際法や二国間協定も押し通せるッ!」って考えているのであろう。無論そんなやり方は国際的には通用しないんだけど、今の政権はソレで成り立ってるから引き返す事もできない。韓国が抱えたジレンマは余りにもデカいと言わざるを得ないのである。


*落書きと平和

 この韓国人のソレと似た様なメンタリティーを、ワタクシは今のニッポンのサヨクにも感じるのである。民主党政権で失敗してニッポン国民に完璧に見放されたニッポンの左派からすれば、何をどうやっても選挙で勝てない今は、ある意味独裁政権に近く感じられるのであろう。だから近年のサヨクは言葉も行動もドンドン過激に極端になっているのであり、その1つが【落書きを指摘した入管が逆に叩かれたソレ】であろう。ワタクシの見解は似た様な件で以前にも言った「目的は手段を正当化しない」であり、ソレは今も変わらないのである。大義の為ならばとあるルールを破れるヤツが、他のルールを順守するとは到底思えないからである。最初は落書き程度だったけどソレが次第にエスカレートして、大義の為にこっちの富や命を奪うかも知れない。そんな危険なヤツは社会に居てはいけないのである。


 第一「正しい事を啓蒙する為ならば、多少の落書きは仕方が無い」なんて考え方が認められたら、ソレこそ誰も彼もがテメェの主張を伝える為に落書きするようになってしまうのである。特に一神教なんかは「俺達の唯一神以外に神様は居ねぇッ!」がスローガンだから、落書きおkとなったらシャレにならない事請け合いナシである:

第一、民主化前の韓国や天安門の時の中国とは違って、ニッポンには真っ当な表現の自由があるのだから、東京入管に対して言いたい事があるんだったらソレを使えば良いのである。デモ行進しても良し、記者会見開いても良し、雑誌に記事書いても良し、ネットでHP開いても良し。表現方法なんて幾らでもあって、全てにおいて自由が保障されてるんだから、ソレを使えばいい話である。そんな中で落書きなんぞしたって、何の意味もないどころかマイナスイメージを抱かれるだけである。


 正義や大義ってシロモノは国や民族や宗教や所属によって違い、極端に言えば人其々違う、いわば主観的なシロモノなのである。正義や大義は主観的なモンでしかないんだけど、でもソレを盲信するヤツは、ソレが唯一絶対の普遍的価値観だと思い込んでいる。だからこそ「各々が各々の正義や大義を抱いて良いけど、でも皆で安心して暮らせる事の方がずっと大事だから、最低限コレだけは守れ」って感じに法律やルールがあるのである。そう、法律が何のためにあるのかといえば皆が平和に暮らせるためにあるのであり、各々違う正義を抱えてる者同士が衝突しない為にあるのである。ワタクシに言わせれば、落書きを擁護してるヤツってのは、何のために法律があるのか分かってない&テメェの正義を盲信し過ぎなのである。


*故郷を汚してはいけない

 あとコレはワタクシの個人的な感想なのであるが、ワタクシがこの落書きを気に入らない最大の理由は「ワタクシの大好きな東京が汚されたから」である。ワタクシ実は東京生まれで、東京で暮らしてた時期が結構あって、茨城に移り住んだ今でも東京へはちょくちょく足を運んでいるのである。東京はワタクシのルーツの一つであり、だからワタクシは東京に愛着があるし、ソレを汚すヤツはどんな大義があろうと許せないのである。ロンマニアの皆様だって、楽しい青春を過ごした自身の母校の壁に変な落書きされたら、間違いなく不愉快な気分になるであろう。どんな場所であれ、どんな所属であれ、愛着を持つ人間は必ず何処かに居るのである。だから汚さないという事は、その人達に敬意を払うという事であり、人と人との関係を築く上で重要な事なのである。


 そう、この落書きの一番の問題は何かって、他者に対する敬意が全く見られない事にあるのである。擁護するヤツの声を聞いてみると、その多くが「我々の正義ガー」一辺倒であり、何ちゅーか「悪人に対しての敬意など要らないッ!」って言わんばかりの態度なのである┐(´д`)┌多分だけど、こういうヤツ等は大事な故郷や大事な仲間や大事な所属が無かったのであろう。テメェにソレが無かったから「相手にも大事にしてるモンがある」って発想に至らず、テメェが悪と見なしたモンに徹底的に噛みついているのである。他人に敬意を払えない人間は平和を望まない人間であり、平和を望まない人間は社会に居るべきではない。少しばかし過激かも知れないが、そう思って止まない今日この頃であった。