アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

OBSCENE MAJESTY

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「(マンガの)連載は、やってるうちにアイデアは全部出し切りますからね。(アイデアは)続かんです。(マンガ家は)マジメであればあるほど自分を追いつめるわけです」
By 水木しげる

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


サヨクの本質
 ワタクシは発達障害当事者であり、発達障害関係の仕事も幾つかした事があり、サヨクった当事者本人やサヨクい支援者や家族や第三者も結構な数見てきたのである。ソコから分かった事は「サヨクの本質は”不器用で愚直なクソ真面目さ”である」という事である。殆どの人が真面目にやって上手く行かなくなると器用にズルをしたり、テメェに折り合い付けて妥協したり諦めたり、上手く行く他人と関係を深めたり等といった様々な方法で立ち回っていくのである。が、中にはソレすら出来なかったり、或いは自尊心が高過ぎてテメェの不甲斐無さを認められなかったり、そういうヤツも出てくるのである。

 ンで、そういうヤツがどうするかって、他人や社会や権力に責任転換したり、ルサンチマンに走るのである。そうする事で「腐った世の中で正しい事を貫く俺は偉い」とか「たとえ結果が出なくてもやり続ける事が大事で尊いんだ」といった具合に自尊心の拠り所を見出して、同じような仲間と繋がり合う集団主義の中で安心を得て、一緒に行動する事で熱量と一体感を高め合うのである:
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サヨクに限った話じゃなく、ポリコレもヴィーガンも環境屋も動物愛護もフェミニズムもBLMも根本は一緒である。兎に角「真面目に社会を憂い行動する我々はソコ等辺の凡俗共よりも偉いんだから、評価してくれ」が目的であり、掲げるお題目は手段でしかないのである。だから議論できないし、テメェ等の言い分の問題点を認められないし、やたら他罰的なのである。

*悪魔を悪魔化すべからず
 こう書けば、何故【ひろゆきが沖縄基地の座り込みを茶化したらサヨクがガチギレした】かの理由が分かると思うのである。ひろゆきの芸の根底にあるモンは「生真面目にやってる人間の不器用さや愚直さをおちょくる」なのである。そういう不器用で愚直なヤツって大概むさ苦しくて退屈で、ひろゆきはそういうお堅いヤツをからかって怒らせる→その性格が故に融通が利かずにキレてファビョったヤツを更にからかって遊んでるのである。だからヤツに対処する一番の方法は「スルーする」であり、器用さや機転の利く人間ならソコに気付くんだけど、生真面目過ぎるヤツはソコをスルーできないのである。

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 そう、何故サヨク連中がガチギレしたかって、連中が一番否定されたくないだろう「不器用で愚直なクソ真面目さ」を茶化されたからだとワタクシは考えるのである。だから茶化された直後から【連中の十八番である反対者に対する悪魔化】が始まったのであるが、悪魔化や各種嫌がらせが通用するのはお堅い仕事に就いてる人間相手だけであり、ひろゆきみたいな世間体クソ喰らえなネット業相手には通用しないのである。そう、悪魔に対して悪魔化は逆効果であり、悪魔は嬉々として火に油どころかガソリンを注いでくるのである。でもって予想通りと言っちゃソコまでであるが、ものの見事にひろゆきに弄ばれちゃってるのである。

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 まぁ沖縄はサヨク最大拠点の一つで、夢を諦め切れない学生運動時代のジジババの生き甲斐となってる場所だから、尚更茶化されて我慢する事が出来なかったんじゃないかと思うのである。でも上記にもあるように、この手の連中は運動そのものが目的と化してしまってて、本来の目的を忘れてしまってるのである。数少ない同じ苦悩を抱える仲間と強い繋がりを得て、皆で一緒に”正しい事”をして、リアルじゃ得られなかった自己肯定感や充実感を得て、ソレで満足してしまってるのである。もしマジのガチで目的を達したいのであれば、あんな事は決してしない筈だからである。

*豊かな国の反権力
 そう、コレはポリコレとかBLMとかグレタとかも一緒であるが、先進国のこの手のヤツ等ってのは真の意味で飢えてないのである。何も出来なくても何もしなくても充実した社会保障に守られて、ナマポやフードチケット等で食い繋げるのである。食っていけるし死にはしないけど、その代わり生きる意義を見出せなくなる。そんな時に社会運動と出会って「悪いのは社会であり世間なんだよ、貴方は犠牲者なんだよ、さぁ我々と共に立ち上がって声を上げよう」って言われたら、そりゃ「この戦いに勝てば自分にもワンチャンあるかもッ!」って夢見ちゃうモンである。

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 キング牧師ネルソン・マンデラの運動がソレであるが、マジのガチでちゃんとした目標に向かって行ってる運動ってのは、ちゃんと世間の空気を読んで、世間の支持を得られるように交渉や議論、妥協や忍耐などを積み重ねていくモンなのである。今時のこの手の運動がムダに過激でムダに非寛容でムダに全体主義なのは、ちゃんとした目標を目指してないからである。身の安全を保障してくれる反撃しない相手だけと戦って、ただ生きてるだけの退屈な人生を一時的に紛らわせられればソレでおk。ガチのマジな目標と、ソコに向かう為の具体的な方法論、この2つは切っても切り離せないんだなと改めて思う今日この頃であった。