アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

'ALLELUJAH! DON'T BEND! ASCEND!

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「病があっても、年をとっても、死を前にしても、生き生きと生涯を終えていこうという、そういう医療があっていい。それは神の手ではなくて、仏の手ではないかな」
By 早川一光

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


向精神薬に要注意
 向精神薬とか抗鬱剤とかの精神薬の類ってのは抗生物質みたいに病原体をやっつける類のモンでもなけりゃ、風邪薬みたいに不快な症状を抑える薬でもないのである。アレは言うならば酒みたいなモンである。抑鬱状態がもたらす各種苦痛を抑えるだけの効果しかなく、根本的な解決にはならんのである。根本的な解決は時が解決するのを待つ*1か、或いはその根源を自分で何とかする*2しかないのである。だから安易にホイホイと処方するモンじゃないし、気軽に出してもらうモンでもないのである。長く過度に服用し過ぎると閾値が上がって服薬量が増えて、ソコから各種副作用やらオンオフ現象やらに悩まされ、更なるドツボにハマってしまったりもするのである。

 何せコレはワタクシの実体験でもあるので、ソコんトコ自信以って言える次第である(笑)以前「研修医になって最初の数年の半分ぐらいは休んでるようなモンだった」と言った事があるが、実はこの時期に向精神薬だとか眠剤だとかにドップリ浸かってた時期があったのである(^_^;)当時はまだアスペルガー症候群と診断されておらず、診断もコロコロ変わってたため、そういう時期もあったのである。その最中でアスペルガー症候群と診断されたお陰で何とか踏み止まれたけど、そうでなければヤバい事になってたのである(;´Д`)

薬が更に増えて、副作用やらオンオフ現象やらで二進も三進もいかなくなる

当然だけ、どそんな状態じゃマトモに仕事が出来なくなる

稼げないなら実家に帰らざるを得なくなる

かと言って帰っても出来る事など何も無く、更に引きこもる事になる

8050化まっしぐら

( ゚Д゚)マズー

冗談抜きにあの頃は「一度実家に帰ったらどうだ」と薦められてたので、ホント首を盾に振らなくて良かったと心底思うのであるε-(´∀`*)ワタクシが「実家に帰る」という言葉を嫌うようになったのは、この頃からである。結局ソレって厄介モンを一番の責任者に押し付けてるだけであって、その人の為にも根本的な解決にもなってないからである。まぁ結局自分の事ってのは、自分で何とかするっきゃないのである。

*医療の限界
 でもまぁ残念な事に、ココまでが今の精神医療の限界なのである。社会生活する上で生き辛さを感じてる発達障害当事者に対し医療サイドが何をできるかって、ぶっちゃけた話「殆ど何も無い」のである( ̄~ ̄)最初に発達障害の診断を確定させる事と、ソレに関する診断書や意見書や証明書を出す事に関しては医療サイドの果たす役割は大きいが、発達当事者の生活の質(以後QOL)を改善させる事に関して医者(及びその他医療従事者)の出来る事は殆ど何も無いのである。ヤバい時に向精神薬眠剤を処方するか、数分間だけ外来で話を聞いてあげるか、ツテがあるならカウンセリングを紹介するか、精々そのぐらいである。で、ソレ等がQOL改善に有効なのかと問われたら、当然ノーである。


発達障害の診断治療について、全ての流れを説明します【精神科医・益田裕介/早稲田メンタルクリニック】

 ワタクシが以前のブログで「今の時代に発達障害と診断されるのは、ペニシリンが発見される前に結核と診断されるようなモン」と称したが、コレが正にソレである。あと数十年したら「脳の何処に具体的な何かがあるから発達障害になる」って判明して、ソレに対する外科治療法が確立されるかも知れないけど、そんな時代はまだ当分やってきそうにないのである。だからただ単に生きてければソレで良いってなら兎も角、より良い発達障害QOLを上げていこうと思ったら、自ずと医療以外の方法も模索してく必要性も出てくるのである。ワタクシが(合法で他者主権侵害が無い限り)民間療法等を否定しないのはソレ故である。一度きりの人生「こんなの効かない」って言われても「じゃあ”仕方ない”って諦めて素直に死ねるか」って話である。


【ひろゆき】発達障害で全然仕事ができない、、どうすれば??

 ワタクシは常々「人生で一番大事なのは他人と比べてどうとかではなく、自分のポテンシャルを100%出し切れるか否か」だと思ってる次第である。でもって現状ってのは「発達障害がある」ってだけで閑職に回されたり、必要以上に薬漬けになったり、その必要性に乏しいのに福祉を与えられたりだとか、各々の当事者が持つポテンシャルを出し切ってると言えない状態が間々あるのである。ワタクシが医師でありながらも医療面から発達障害を語る事が殆ど無いのは、つまりそういう事である。ワタクシが追い求めてるのは「どうすれば発達当事者が100%ポテンシャルを引き出して社会で生きてけるか」であり、コレに関して医療が出来る事は殆ど無いからである。

*ギブミー自己肯定感
 多かろうが少なかろうが、当事者が自らのポテンシャルを発揮する事で成果を得られる。コレこそが正しい意味での自己肯定感を得る方法だとワタクシは思うのである。自己肯定感があるからこそ更なる挑戦へのリスクを受け入れられるし、失敗しても耐えられるようになるのである。そして挑戦が更なる成果を生み、ソレが更なる自己肯定感を与えてくれるのである。よく「私はどうせダメ人間だし(/ω・\)チラッ」とか言うヤツが居るけど、そういうヤツは低めだけど自己肯定感がまだあるヤツである。マジで自己肯定感ゼロなヤツってのは、そんな自己卑下は絶対言わないのである。何故ならそういうヤツは「コレ以上自分のダメさを認めてしまったら、もう死ぬっきゃない」って考えてるから、テメェに都合の悪い事は死んでも認めないのである。

 そして自己肯定感ゼロなヤツは只管テメェを自画自賛して、他人や世間や社会に対する悪口や文句ばかり言い、ロクに仕事が出来なくて間違った事ばかりしても決して謝らないのである。発達障害界隈に居るとそういうヤツは少なからず目にするモンであり、そしてそういうヤツほどサヨク環境保護新興宗教やカルト集団や動物愛護やヴィーガニズムやテロ組織といった極端な運動に参加し、テメェの正しさを証明しようとするのである:

スウェーデンの環境活動家グレタさん ヨットで大西洋横断
正直、このレベルまで行ってしまうと、もう手遅れと言って良いのである(´ヘ`;)そう、ただ単に「貴方はそのままでいい」「生きてるだけで素晴らしい」って励ますだけじゃ、人生の意義を与える事は出来ないのである。人は直接的間接的に社会に貢献する事で、ギブ&テイクのバランスが成り立ってる事で、この世界に生まれた意義を感じる。ソレは健常者も障害者も変わらないと思う今日この頃であった。

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*1:うつ病の治療が「休むこと」なのはこのため

*2:職場や学校の担当者に相談する等