アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

DECHRISTIANIZE

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「大学は職業のための訓練学校になりつつある。それは教養といったことにまったく無関心の金権主義者たちによって要請されているからである」
By バートランド・ラッセル

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*大学は贅沢
 大学ってトコは学問を究めたいヤツが行くトコであり、本来生きてくために必要な学問ってのは、義務教育の時点で既に終わってるのである。そう、大学で学ぶって事は、ソレ自体が贅沢な事なのである。クルマに例えるなら、ベンツに乗るようなモンである。だから大学へ行って良いヤツってのは、こういうヤツなのである:

  1. 返済不要な給付型奨学金を貰えるレベルの超優秀なヤツ
  2. 親や家族に経済的な余裕があるヤツ
  3. 何が何でも大学で学びたくて仕方がないヤツ

この3つの条件の内、最低1つを満たす事の出来るヤツが、大学へ行って良いヤツである。そうでないのなら、大学行ってもあんま意味は無いのである。勉強について行けない、学んだ事を活かせない、バイトに忙し過ぎてマトモに学べない等々。大学へ行くメリットを活かせない事になるからである。

 でもニッポンにおいては、大学は何時の間にか単なる職業訓練校と化してるのである。大学に行った殆どのヤツが最低限の出席日数で必要最低限の単位を取る事とと、合コンで彼女をゲットする事と、部活の飲み会で盛り上がる事と、あと企業の内定を如何に多くゲットするかしか考えてないのである┐( ̄ヘ ̄)┌ 何せソースはワタクシだから、ソコんトコ自信はあるのである(笑)マスコミとかによく出てくる「貧乏だけど大学行きたい云々」も、殆どが就職目的である。コレが高度成長期なら兎も角、大企業ですら何時倒産するか分からないボーダレス化したグローバル時代において、昔ながらに「大学行って良いトコに就職できれば人生安泰」なんて考えてるヤツは、もう頭の中ハッピーセットだと言わざるを得ないのである(爆)

*今ソコにある格差
 だから【文部科学大臣が「自分の身の丈に合わせて云々」と言ってた】事が何故ソコまで叩かれなきゃならんのか、ワタクシにゃサッパリ分からんのである┐(´д`)┌確かに文科大臣の言い方が悪かったのは確かだけど、落ち度はソコぐらいなモンである。都会の裕福な家庭に生まれた子の方が田舎で貧乏に生まれた子よりも受験が有利なんてのは、ずっと昔からそうだったのに何を今更って話である。こう書くと「貧乏人は大学行くなって事かよッ!」って言われるかも知れないが、ソレに対するワタクシの答えは上記にある通りである。裕福でなくてもガチのマジで大学に行きたいんだったら、給付型の奨学金を貰うか、あの手この手でやり抜くしか方法はないのである。繰り返し言うが、大学は贅沢なのである。


「自分の身の丈に合わせて...」 受験生の反発買った萩生田文科相「民間試験」発言

 格差?確かにソレがデカい事は間違いないのである。が、国や自治体がソレを全て是正できるのかと問われたら、答えは勿論ノーである。資本主義の国で生まれる以上、格差は必ず存在するのである。あと格差は無くても毒親の元に生まれるとか、或いは各種障害を持って生まれるだとか、人間ってのは生まれる場所を選ぶ事は出来んのである。ソレを全て行政が上手く是正できるのかと言われたら絶対ムリだし、百歩譲ってソレが出来たとしたら、ソレは全体主義であり危険である。だから是正し切らない格差があって、ソレで様々な困難があったとしても、ソレは運が悪かったとしか言い様がないのである。誰かが悪いという事ではなく、誰も悪くないのである。


痛いニュースノ∀` 「学費が払えない。政府なんとかして」「大雨でも自転車で通ってる」…全国の私立高生が抗議

 問題はそういう悪運に鉢合わせてしまった場合、どう対処するのかって事である。大学行きたいけど貧乏な田舎モンだから行けない、ちゃんと機会の平等を用意しなかった行政が悪い、ソレ故に俺まで貧乏になっても仕方がない、俺は悪くない。そう割り切って満足できるのかって話である。他の人は知らんが、ワタクシだったら絶対に満足せず、あの手この手で足掻いて足掻いて足掻きまくる次第である。コレまた言っちゃアレであるが、世の中結果が全てなのである。多少アレでも結果を出した人間と、清く正しいけど結果を出せなかったヤツ、世の中が求めるのは前者なのである。逆に言えば世の中が正しかろうが理不尽だろうが、結果さえ出せれば乗り切れるのである。

*ニッポン人は資本主義がお嫌い
 この一連の騒動でワタクシが思ったのは「あぁ、ニッポン人はやっぱ資本主義を受け入れ切れないんだろうな」って事である。ワタクシがこの格差を受け入れられたのは、コレが資本主義社会じゃ当たり前の事だからである。資本主義の親玉であるアメリカのこの手の格差は更に凄まじく、裕福な家に生まれなきゃ大学なんて行けないのが当たり前なのである:

佐藤優 ハーバード大学は1年間で800万円!!アメリカ格差問題
そう考えればニッポンは最高学府が国立で、入学金28諭吉&年間学費53諭吉で済むんだから、アメリカと比べりゃ遥かにマシってモンである。遥かにマシなんだけど、ソレでもこの程度の発言でこんだけ大騒ぎになるんだから、やっぱニッポン人は資本主義がお気に召さないんだと思わざるを得ないのである。ワタクシは確信してるのだが、ニッポンが資本主義国家である限り、この手の格差や社会階級の固定化は更に進む筈である。

 だから資本主義の国で生きていくのなら、ソレなりのモンを揃えて結果を出す以外に方法はないのである。資本主義の良いトコは結果に対してだけは平等なトコ&そのための各種自由が保障されてる事であり、色んな形で結果を出す事で状況を打破できるからである。もしソレですらイヤだというのならば、共産党なり社民党なりれいわなりに入党して、ニッポンにおける社会共産主義社会の樹立を目指すしかないのである:

吉良よし子・小池晃・志位和夫 日本共産党街頭演説 #暮らしに希望を #比例は共産党 2019年7月4日
ただ社会共産主義黒歴史が大き過ぎて今の世の中にゃ受け入れられないだろうし、百歩譲って受け入れられたとしても、ソコにあるのは皆等しく貧しい社会である。そう、サヨク思想は皆を幸せにする事は決してなく、皆を不幸の道連れにするだけなのである。だから資本主義社会において、終わりなき改善と改革を繰り返す、コレが目指すべき道だと改めて思った今日この頃であった。

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DAWN OF THE APOCALYPSE

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「ファンをいっぱい作るより、芸を磨け。芸を磨いて売れたら、ファンなんてまた、いっぱいついてくる」
By 島田洋七

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*ニッポンは貧しくなったのか?
 上記サブタイに対する答えは「イエス」である。あのバブル期と比べれば何をどうやったって絶対的に貧しくなってしまうし、あの時代に戻るのは何をどうやったってムリだからである。じゃあ今のニッポンは八方塞がりなのかと問われたら、ワタクシの答えは「ノー」であるあの時代をリアルタイムで生きたから分かるのであるが、あの時代と比べて選択肢は格段に増えたし、規制も相当緩く単純化しているし、色んな分野でのチャンスは増えたと思うのである。ただグローバル時代だから諸外国とも競争しなきゃならん&技術の進歩による合理化のせいで枠そのものが減ってるので、競争率が格段に上がってしまった→競争に負けた人が増えたから「ニッポンは貧しくなった」って言われてるんだろうと思うのである。


“不確実な未来”の働き方~アップル、そして起業を通じて学んだこと

 昔のバブル時代のニッポンなら無能なヤツでも「お前は良く頑張ったから」で下駄を履かせてもらえて、主要ポストじゃないけど脇役的なポジションを得る事が出来たのであるが、今の時代はそうはいかないのである。今までは無能なヤツがやってた単純作業的な仕事が、今じゃ海外へのアウトソーシングするなりロボットやAIに任せるなりでより良くより安く出来るようになってきたんだから、そりゃ【40代でマクドナルドで寝泊まりしてるヤツ】の出番なんて無くなってしまうのである。サヨクは安倍政権を引きずり降ろしたり政権交代を実現させたりしたりする事は出来るかも知れないけど、モノやヒトのグローバル化やボーダレス化は決して止める事は出来ない。サヨクはソコを再認識するが吉である。

*にわかからはじまるラグビー狂想曲
 さて今世間じゃ盛んに盛り上がってるラグビーも、気が付いたら残り4試合を残すのみとなってしまったのである。何ちゅーか、ココまでラグビーがニッポンでウケるなんてのは、ワタクシも正直予想してなかった次第である(^_^;)ニッポンが強くてソレなりに盛り上がってた4年前のソレは正直な話「五郎丸ブーム」でしかなかったのであるが、今回はガチでマジなラグビーブームである。一部記事じゃ【日本中が「ラグビーにわかファン」で溢れる理由】とか書いてるのであるが、ワタクシに言わせれば「にわかを増やす事が最大の目的なんだから、にわかがこんだけ増えたのならニッポンにおけるラグビーワールドカップは大成功」なのである。


10月19日 NHKスペシャル ラグビーワールドカップ2019(1)“世界最強”神髄に迫る | Rugby World Cup 2019

 そう、誰だって最初はにわかなのである。にわかが100人生まれたとしても、その内99人はワールドカップが終わり次第ラグビーの事なんか忘れてしまうであろう。でも1人ぐらいはラグビーの魅力に目覚めてコアなファンになったり、若い子だったら来年春にラグビー部の門を叩く事になるのである。特に今回はニッポン代表が強くて勝ちまくった事もあり、100人に1人どころか2~3人ぐらいラグビーに目覚めてもおかしくない状況だったのであるから、そりゃ大成功としか言い様がないのである。2011年になでしこジャパンが優勝した時も競技人口が結構増えたんだから、ラグビー人口も結構期待できるんじゃないかと思うのである。


NHKスペシャル「ラグビー日本代表 密着500日~快進撃の舞台裏~」 20191020

 でもってワールドカップが開催されなければ、その目覚める1人も出てこないのであるから、やはりどんな形であれ試合を観て貰う事が何よりも重要なのである。だからにわかが大量増殖する事になったとしても、ブームが起こる事は関係者としては望ましいのである。あとサバゲーもそうだったけど、ブームが起こる事でソレが持つホントの姿を直に見て貰う機会が増えるため、ソレまで纏わりついてきてた変な噂を打ち消す効果もあるのである。サバゲーも昔は「根暗なミリヲタがやってる危険な遊び」だったのが「新感覚のレジャー」にまでレベルアップしたのは、ブームが起こって実際にサバゲーをした人が増えたからなのである。

*ブームから文化へ
 でもってブームを迎える上で何が一番重要なのかと言えば「ブームは必ず終わる」という事である。今サバゲーブームがそうなってるけど、もうサバゲー人口が頭打ちから下がってきてて、色んなフィールドが潰れていってきてるのである。そういう状況の中で大事なのは「どうやって今の人口を可能な限りキープするか」「ブームに便乗しない形で細々と啓蒙活動を続けていけるか」って事である。ラグビーで言うと代表の試合ばかりをクローズアップするのは止めて、全国の小中高とかで地道にラグビー普及活動を行う、色んな団体が抱えてる各種不祥事の対処を厳格にする等々といった感じであろう。

 その先にあるのが「ブームから文化への昇格」である。今の男子サッカーが良い例だけど、サッカーが文化としてニッポンに定着した結果、Jリーグブームが終わった今でもサッカー人口は一定数キープできるようになり、リーグの消滅の心配をせずに済むようになるのである。発達障害の世界も当事者が登壇しまくったりメディアに出まくったりしてたブームが終わり、就労支援だとか療育などが本格化し、無事文化(?)として定着しつつあるのである。そんな中で「本を出したのをキッカケにプロ当事者人生を再び盛り返すッ!」なんて考えるヤツはバカの中のバカとしか言い様がない・・・って話が逸れてきたので(笑)さっさと撤収しようと思う今日この頃であった。

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FOREVER UNDERGROUND

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「現実にあったことを文章にした時点でフリーズドライのような現実が起こるのだ。現実を写真に写した時点、TVに映した時点で真実味が無くなるのと同じことなんだ」
By 忌野清志郎

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*負の感情に媚びてはダメ
 オタクを相手に商売をする、コレは良い事である。何だかんだオタクはカネだけは持ってるんで、カネを持ってるヤツをターゲットにする事は商売としては至極真っ当な事である。が、だからと言ってナードが持つ自己肯定感の低さや、ソコから生じるルサンチマンにまで迎合してはいけなかったと思うのである。今のニッポンのオタクカルチャーの何が問題って、ソレに迎合してしまった事にあるのである。まず最初にギークとナードの違いであるが、分かり易く言うとこんな感じである:

ギーク ナード
特定の事柄に対し強い関心を抱いてるだけで、基本的に一般人と変わりない 人間的に問題アリなのが少なくなく、特定の事にしか関心を持たない
他の事もやろうと思えば一通りこなせるけど、純粋にソレが一番好きだからやっている 他の趣味で全部弾かれたからだとか、能力的にソレしか出来ないからソレをやっている
基本的に一般人だから人間関係に問題は無く、周りを気にするから見た目も悪くない 人間的に問題アリだから人間関係も基本ダメで、周りを気にしないからルックスもダメ
日常的に人と交わってるからコモンセンスがあり、ルールやマナーに関しても一般常識を弁えてる 基本的にぼっちだからコモンセンスが不足してて、ルールとマナーに関しても自己中心的に考えてる
自分の行動は自分や仲間だけでなく、部外者も意識の範疇に入っている 自分と同志だけで世界が完結しているため、部外者がどう捉えるかを考慮していない
積極的な理由で好きになった趣味だから愛着があり、苦しくても長年やっていく傾向がある 消極的な理由でやってる趣味だから愛着もなく、飽きたらすぐに趣向を変える
人間的に出来ているため収入は多い方 人間的にダメだから収入も少ない
良い意味で子供っぽい 正真正銘ただのガキ
正真正銘コンテンツを愛している コンテンツは自己愛を表現するための手段
社会や世間に対し肯定的で、他人を信用している。余所者に対しても寛容で、異論や批判も受け入れられる 信じられるのはナード仲間と所属コミュニティだけ、余所者には基本冷たく、異論や批判は許さない
意外と周囲の称賛と理解は然程求めていない 実は周囲の称賛と理解を強く求めている
趣味は自分の世界の一部で、無くなっても平気。自分が趣味を支配しコントロールしている 趣味は自分の世界の全てで、無くなったら死ねる。自分が趣味に支配されコントロールされてる
自分の興味世界の更なる繁栄と成長を望んでいる 自分が楽しければ永遠のそのままで良い
自己肯定感はフツーか高い 自己肯定感は基本的に低い

とまぁ、こんな感じである。何故ナード連中が声優に彼氏が居ただの、キャラクターに弟が居ただの、そんな些細な事で大騒ぎするかって、自己肯定感が低いからである。大体憎悪の対象となるリアル男性や男性キャラってのは大概がイケメンでリア充なので、ソレとテメェを比べられる事で強烈な劣等感を感じてしまうのである。あと自己肯定感が低いとそういう事をした作者や声優やプロダクションに対し「コイツ等も自分をバカにしてるッ!」ってネガティブな受け取り方をするので、テメェの自我を守る為にキレて大騒ぎするのである。

 で、そういうナード連中のネガティブな感情に迎合するとどうなるかって、コンテンツの価値が下がるのである。オタクコンテンツに限らず、人間の劣情に迎合したモンってのは、概して価値を下げるモンなのである。そういう連中の一連の行動に外野&内野の真っ当な人はドン引きしてしまい、自ずと距離を置くようになってしまうのである。そうするとナード連中に更に依存するようになって、ソコから悪循環に突入していくのである。ギークをシッカリと大事にしていく半面、ナードは明確にバッサリと切り捨てる。コレがオタク商売のあるべき姿だとワタクシは思うのであるが、ニッポンの場合もう手遅れ感が漂ってる希ガスのである( ̄~ ̄)

*写真、ゲットだぜ
 やっぱ何ちゅーか、ネット文化がナードの姿を変えていったと思うのである。ネットがあるから簡単に自己表現できるようになったし、ネットがあるからナード同士の横の繋がりが得易くなって、ネットを介して各種行動を取り易くなったからなのである。まぁそんな面倒臭い話は置いとくとして、この前参加した走行会であるが、実はアレ写真サービスも一緒に付いていたのである。でもって今回は珍しくウェットコンディションだって事もあり、購入してしまった次第である:


やっぱウェットコンディションだったって事もあり、写真が全体的に暗いのである。


今回は初心者や遅い人が結構参加してたので、常連で比較的速い人は上のクラスに回る事になったのである。BNR34だとかカリカリに弄ったFD3Sとかと一緒に走る事になったんで、コレが結構気を遣うモンだったのである(^_^;)ただ上手くやればクリアラップも逆に取り易いんで、遅い人ばっかのクラスで走るよりもすっと楽なのである。


こういう写真見ると、何ちゅーかブレーキキャリパー交換してホント良かったと実感させられるのである(笑)2ドアクーペに大型4Potキャリパーが良く似合うのもだけど、やっぱマツダ純正品という事もあって車体デザインと良くマッチするのである。値段もマツダ純正だから高くないんで、オススメのチューニングだとも言えるのである。


バネレートは前8k・後6.3kと決して低くはないのであるが、でもやっぱサーキットで使うとなるとロールは結構出てしまうのである(^_^;)特に左コーナーの場合は右に座ってる重たいワタクシの体重が加わるから尚更である(笑)バネレートを更に増やす、車高をもっと下げるといった手段も取れないではないけど、でもソレやると街乗りがしんどくなってしまうのである。今の状態ですら既にギリギリなんだから、コレ以上は厳しいと言わざるを得ないのである(´ヘ`;)

*今後のチューニングの方針
 ただ全体的に見れば、NDは殆ど完成の領域に入っていると言えるのである。サーキット走行するにおいて問題となる大きなトコはほぼ解決したので、あとは細かな部分での微調整ぐらいである。ブレーキパッドの効きを変えたりとか、アライメントや車高を調整したりだとか、オイル各種の銘柄や固さを変えてみたりだとか、そういう細かな部分での微調整ぐらいしか残ってないのである。あとこのクルマも4年4万キロ走ってるので、そろそろ色んなトコでガタが出てきてもおかしくないので、そういった部分の修理や改善といったトコも今後出てくるんじゃないかと思うのである。いずれにせよ、大掛かりなチューニングは今後は無いと思うのである。

 唯一あるとしたら、クラッチ交換ぐらいである。ワタクシ個人としてはもっとスパッとギアチェンジできた方が気持ち良く走れるんで、フライホイールを少しばかり軽くしてみたいのである。あとスポーツ走行向けのクラッチとかがあったらソレも試してみたいので、今使ってる純正クラッチ&純正フライホイールの寿命が来たら試してみようと思うのである:

ロードスター、クラッチへのこだわり
ただ今使ってる純正クラッチがまだまだ全然使えるので、多分あと2~3万キロぐらい走らないと交換時期は来ないんじゃないかと思うのである。あともう一つは「車高調O/H時に仕様変更」ってのもあるけど、こっちも今の足回りがまだまだ全然ヘタっていないので、コレもまだまだ先の話である。でもまぁ何だかんだ言いながら、クルマいじりは楽しい。その事を再認識した今日この頃であった。

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INTO COLD DARKNESS

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「汝を傷つけた人間は、汝より強い者か弱い者かのどちらかである。もし弱い者であれば、その者を許しなさい。もし強い者であれば、汝自身を許しなさい」
By ルキウス・アンナエウス・セネカ

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*革命は人を幸せにしない
 ワタクシはブログのタイトルが示すように発達障害者であり、当事者としての活動を幾つかこなしたりしてるのである。が、そんなワタクシでも活動家になろうとは思わないし、ワタクシと同じように発達障害属性を持つロンマニアの方にも同様に活動家になるのを勧めない次第である。この手の活動は大概サヨクが牛耳ってる、ルサンチマンメサイアコンプレックスなどに満ち溢れてるってのもだけど、一番はやっぱ「活動家の目指すトコは革命であり、そして革命は結局人々を幸せにしないから」である。革命で樹立された新たな権力が、革命前の権力よりも更に厳しく人を弾圧する。コレはワタクシが言うまでもなく、歴史が証明している事である。


【ゆっくり歴史解説】黒歴史上人物「毛沢東」

【ゆっくり歴史解説】黒歴史上人物「ポルポト」リメイク版

 何故そうなるかって、革命の基本ってのは「大人数が同じ方向へ一斉に動く事」だからである。大勢で動く事でデモが社会の目を引き、大勢で同時にストライキをするから経済にダメージを与える事ができ、大勢で一気にサボタージュやテロを起こすから混乱が起こるのである。だから意見の分裂を起こしかねない反対側の意見は排除されるし、革命が成功した後も反対勢力にカウンター革命されないようにテメェ等以外を徹底弾圧するのである。今野党含めサヨク勢力が目論んでるのがコレであり、連中は実際に前の東京都知事選でソレやった前科があり、故にワタクシは連中の言う「民主主義ガー」「人権ガー」「言論の自由ガー」を全く信用していないのである。

献血とボイン
 自分が気に入らない表現の自由が行使されたらどうするか?ワタクシの答えは「不愉快な表現でもソレが合法である限り表現の自由は守られるべきだし、イヤなら見なきゃ良いだけ。でもソレを批判するのは相手の権利を侵害しない限り自由」であり、そしてソレがそのまま【献血ポスターに巨乳マンガキャラが使われて云々】に対するワタクシの答えである。だから昭和天皇の写真を焼いたアレも、この巨乳ポスターも、ワタクシ的には同じ事なのである。同じ事なんだけど、何故か知らんが世間は後者の方を大いに話題にするのである。何故だろうと暫く考えて、ソコから導き出された結論は「対象が強者なのか弱者なのかの違い」といったトコである。

 まず昭和天皇の写真を焼いたアレであるが、対象となった昭和天皇は強者側の人間である。しかもただの強者ではなく、大ニッポン帝国最強者である。でもって写真を焼かれる事で傷付く人々も皇族の人間、つまり強者ファミリーである。でもって同じように傷付く皇室ファンも、言い方は悪いが「強者の犬」である。つまり写真を焼くアレは「強者に対する弱者の精一杯の抵抗であり、傷付く側も強者なんだから我慢すべし」って結論になってしまうのである:

津田大介炎上中の昭和天皇写真焼かれてる作品 #あいちトリエンナーレ #表現の不自由展
でもって今回のこの献血ポスターであるが、対象となったのは架空の人物とはいえ、女性である。でもって女性は弱者(とフェミニストサヨクが一方的に位置付けている存在)である。でもってソレをPRとして使うのはニッポン赤十字、つまり強者である。つまり巨乳キャラを使ったコレは「強者が弱者の性的な部分を強調して用いる事で自分等の要望を満たそうとしてるッ!」って捉えられるから、所謂「弱者の味方」には耐えられない事なのである:

献血ポスターで巨乳萌えキャラを使い叩かれる
でもってターゲットとなるオタク層ってのは基本的に男性であり、コレまたフェミニストの言うトコの「女性を差別し抑圧し搾取する存在」である。そういう「女性を静的に搾取する」連中が喜ぶような事や、そういう連中の血液が血液バンクに保存されるのが耐えられないから、フェミニストとかサヨクとかが大騒ぎするのである。

 そう、コレは結局イデオロギーの紛争なのであり、市民革命の代理戦争なのである。ワタクシは基本的にリベラリズムフェミニズムも本来は弱者の権利の為の運動であり、尊い活動だと思ってるのである。が、ソコにルサンチマンメサイアコンプレックスに塗れたサヨク人間が入ってきて運動を乗っ取って、革命を起こすためのキッカケの1つとしてこの手の弱者のための運動を利用する。コレは別にニッポンに限った話じゃなく、世界中で起こってる事である。本来弱者の為の尊い運動だったモンが方向性を誤って胡散臭い運動と見なされ、その所為で真っ当な人から相手にされなくなり、ソレを打開するために更なる過激な言動に打って出る。その一つが先日話題になったグレタ某なのである。

*技術が生み出す二極化
 何故ニッポンだけでなく世界中でこうなったかって、ワタクシが思うにやっぱ技術の進歩なのである。例えばの話、1つの会社の全従業員をロボット化する事に成功して、昼夜休祝日問わず働けるお陰で儲けが2倍になったとして、じゃあ従業員の給料は2倍になるであろうか?答えは当然「稼ぎは全部、会社オーナ及び株主のモンになる」である。コレは極端な例だけど、でも技術が進めば進むほど働き手は少なくて済むようになり、その分は資本家や少数の優秀な人間により多く回る様になってしまうのである。ワタクシは以前から言ってるのであるが、格差は社会が不平等だからなるのではなく、平等だからこそなるのである。

 サヨクめいたヤツが世界中で増えまくってるのも、つまりそういう事じゃないかと思うのである。そういうヤツは昔から居たけど、昔は数が少なかったから相対的に声が小さかったのである。が、今は二極化が進んで貧困層も増えて、そういうヤツ等が増えてきたのである。そういうヤツ等がテメェのルサンチマン的行為を正当化する為に用いるのが”絶対正義”とされる概念であり、そしてその中には表現の自由リベラリズムフェミニズムも含まれいるのである。だからホントの意味で各種活動を成功させたいのであれば、自分や自分の団体に潜むルサンチマンと対峙する必要があるのである。真の敵は外でなく自分(等)の中にいるモン。改めてそう実感する今日この頃であった。

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LET US PRAY

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「すべてを疑うか、すべてを信じるかは、二つとも都合のよい解決法である。どちらでも我々は反省しないで済むからである」
By アンリ・ポアンカレ

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*反省も謝罪も更生も要らない
 神戸の小学校で起こったイジメ云々であるが、この度【問題の加害教師連中が謝罪文を出した】んだそうである。ソレに対するワタクシの率直な感想は「あっそ( ´_ゝ`)フーン」といったトコである。つーのも、ワタクシはコイツ等の謝罪も反省も一切信用してないし、更生なんぞしないし出来ないって考えてるからである。刑事告訴されるかどうかは分からんが、されなかったら間違いなくほとぼりが冷めた後に別んトコで教壇に立って、そんでもってまた同じような事件を起こすだろう事は想像に難くないからである。公務員って刑事告訴とかされない限りは定年まで稼ぎが保証されるし、この手の民間で働けなさそうな性格破綻者共が公務員の地位を自ら手放すなんて考えられんからである。

 故にワタクシは「反省も謝罪も要らんし、更生もしなくても良いから、顔と名前を公表しろ」と言う次第である。ワタクシが一番望んでないのは、コイツ等がワタクシやワタクシの親しい人の生活圏に入ってくる事である。だから万が一コイツ等が生活圏に入ってきた時に速攻で追い出せるよう、コイツ等の顔と名前を知っておく必要があるのである。一応ネットにも流れてるっぽいが、万が一間違ってると大変な事になるので、公表が必要になるのである:

「人間として恥ずべきこと」 “激辛カレー”加害教師謝罪文 神戸市 東須磨小学校
加害者の人権?ワタクシやワタクシの親しい人、ソレに被害者の人権の方が遥かに優先順位が高いのである。ソレに「蓼食う虫もナントカ」じゃないけど、コイツ等の反省と謝罪を信じるナイーv・・・もとい人格者も少ないながらも居るだろうから、加害者はその”人格者”のトコに身を寄せれば良いのである。20~30年ぐらいマザー・テレサめいた聖人的生活を送る事が出来たのなら、その時改めて話を聞いてやっても良いのである。

*究極のブレイクポイント
 でもってワタクシの予想だと、このバカ4匹が刑事告訴される事は無いと睨んでるのである。ソレやったら確実に神戸の教育委員会がガタガタになるし、あの4匹が「死なば諸共」で他のヤツの事をバラす→更に逮捕者が出る可能性があるからである。だから被害者達に好条件を提示して被害届を下ろさせるなり和解に持ち込むなりして、4匹は田舎に飛ばされるなり介護学校行きになるなりして決着を付けると思うのである。だからこそ顔と名前を公表して、ソイツ等が自分等のテリトリーに来たら追放できるようにする必要があるのである。さて話は変わって、と:

操舵に関わる部分って、何だかんだ電動化が進んでるのである。でもって自称クルマ通が言うような「電動化すると操作感ガー」ってのは、思った以上に感じられないのである。電制4WDシステム然り、トルクベクタリング然り、電動パワステ然り、4WS然りである。結局、より速くてより安全ならば、人はフィーリングが多少犠牲になったとしてもソレを受け入れてしまうのである。次は電制ブレーキらしいけど、ワタクシはコレも受け入れられるだろうと考えているのである。


『ゴーストリコン ブレイクポイント』アナウンスメントトレーラー
今やってるゲームがまだ終わってないのでまだ冒頭しかやってないのであるが、その冒頭が厄介なのである(笑)前作同様に鉄砲が山ほどあって、鉄砲のアクセサリーも山ほどあって、身に着けるBDUやタクティカルギアも山ほどある。そう、装備と鉄砲を何にするかで、ゲームを本格的に始める前に大いに悩んでしまうのである(爆)でもって殆どの装備でペイントを自由に変えられるため、悩む要素が更に増えてしまうって事である(^_^;)無論、装備のアドバンテージは無いのであるが、ソレが逆に良いのである(核爆)

ドラクエの呪縛
 ココ最近の洋ゲーRPGをやってて思う事は「洋ゲーは未だに進化を続けている」って事である。オープンワールドアクションRPG要素を上手く混ぜたり、リアル世界の史実を舞台にした魔物や魔法の出てこないRPGを作ったりだとか、マンネリかと思いきや新しい試みが色々生まれてきてるのである。言っちゃ何だが、ソレに比べりゃ和ゲーRPG(以後JRPG)は進化してないに等しいのである( ̄~ ̄)何故そうなったのかを考えてみた結果、ワタクシは「ドラクエの呪縛が強過ぎるから」という結論に達したのである。ドラクエJRPGに与えた影響が大き過ぎて、何時の間にかドラクエJRPGのスタンダードになってしまって、ソコから抜け出せなくなってしまったんじゃないかという事である。


「ドラゴンクエスト」進化の歴史 Evolution of DragonQuest【ドラゴンクエスト11】

 冒険の舞台は中世ヨーロッパ的ファンタジー世界でなけりゃならない、ストーリーは少年少女が魔王から世界を救う勧善懲悪ストーリーでなけりゃならない、戦闘はコマンド式でなけりゃならない、剣と魔法とドラゴンは欠かしちゃいけない、主人公とその仲間は感情輸入できる魅力的なキャラでなければいけない等々。JRPGって必ずと言って良いほどコレ等の要素が含まれていて、ドラクエ的に作る事を正道で王道とし、ドラクエ的なモンから大きく逸脱する事を邪道として敬遠する。そういうのをワタクシは「ドラクエの呪縛」と呼んでいるのである。この呪縛から解放されない限り、洋ゲーのソレを超えるようなJRPGは未来永劫出てこない。そんな気がしてしまう今日この頃であった。

THE BLACK MASS

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「嫉妬レースに、時間のムダ遣いするな。確かに、時々はトップになれる、でも時々はビリになる。レースは長いし、ゴールをしても、あなたしかいない」
By マリー・シュミッヒ

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*ウェットでの貴重な体験
 クルマ好きでサーキット走行が好きな人は結構多いけど、ウェットコンディションを好んで走る人は実に少ないのである。タイムが全然出ない、路面が滑り易くて走行リスクが上がるのもだけど、自分が他車のソレに巻き込まれる可能性だって増えるからである。目の前を走ってたクルマが突然スピンして、避けられずに双方ともクラッシュ。走行会あるあるの1つであり、雨が降るとそのリスクは格段に上がるのである。でもってサーキットでの事故ってのは”お互い様ルール”が適応され、各々のクルマの損傷は各々のポケットマネーで補う事になってるのである。だから当日が雨ならば、折角高い参加費を払ってたとしても辞退する、そういう人は結構居るのである。

でもって残念な事に、一本目ほぼドライコンディションで走れたとはいえ、走った後にまた降り出してきてしまったのである(´・ω・`)ただまぁウェットはウェットでドライでは出来ない練習も色々出来たりするので、サーキット走行が好きな人は敢えてウェットでも走る人は居るのである。限界が下がるから上手に走る練習になるし、路面が濡れて温度が下がるからタイヤも減らないし、ウェットにも利点はあるのである。ワタクシの場合【投入したばかりの新型タイヤ】のウェット性能を突然知りたくなったので、リスク上等で走ってきたのである(笑)


2019-10-14 K-1スポーツ走行会in筑波2000・2本目

リンク写真で見れば分かる様に、新タイヤは結構な浅溝タイヤ→ウェットに弱いと思ってたのであるが、コレが中々行けちゃったのである。ぶっちゃけた話【前のタイヤ】よりもウェット性能は全然あるのである。ただ降ってる分だけグリップが落ちてるので、ブレーキがロックし易くなってしまってるのである(^_^;)ドライ状態だとタイやグリップと合わさって素晴らしく良いブレーキコントロールが出来るのであるが、ウェットだとブレーキの方が勝ってしまうのである。もう少しばかりパッドの効きを落とせば丁度良くなるんじゃないかとも思えるのである。

*クルマは素性が良くてナンボ
 スポーツカーを評価する上で大事なのは何かと問われたら、ワタクシは「クルマの素性」と答える次第である。重心とロールセンターは低いのか、重いモンが可能な限り車体中央に集まってるのか、前後重量配分はどうなってるのか、足回りのジオメトリーはどうなってるのか、トレッドホイールベースの長さは如何ほどか、車体剛性はどのぐらいあるのか等々。そういうのが良ければ良いほどクルマの安定性は飛躍的に上がっていくし、加速&減速&旋回の全てにおいて高い限界値を示すし、万が一限界を超えたとしても余裕を以って立て直せるのである。ただ速くしたいだけならエンジンをパワーアップさせれば良いだけだけど、素性の悪いクルマはソレやると途端に不安定になって乗り難くなるのである。

 ワタクシはNDの何が気に入ったかって、素性の良さがである。素性が良いから限界が高く、万が一崩れても立て直しが簡単だから、乗ってて全然怖くないのである。だからウェットコンディションでも安心して出走できるし、タイヤが良ければ尚更安心なのである:

2019-10-14 K-1スポーツ走行会in筑波2000・3本目
3本目になって雨足は更に強くなったけど、ご覧のように危なっかしさが全然無いのである。雨が強くなったからコーナー脱出の膨らみが強くなったりとか、ブレーキが更にロックし易くなったりとかいった事もあったのであるが、走ってる間に十分修正できるレベルだったので全然問題無かったのである。多分タイヤの発熱が早いからなんだろうけど、雨が降ってもシッカリとグリップしてくれたのである。まぁ多分ドライでの摩耗は早い事が予想されるが、コレばっかは実際に使ってみないと分からんのである。

 という感じに、完全なドライコンディションでのタイムアタックが出来なかったのは残念であるが、ソレでも今回ワタクシが試したかった事はほぼ全て試せたので、データ収集という意味では大成功とも言えるのである。まぁ筑波2000はまだまだチャンスが幾つかあるんで、ドライでのタイムアタックは次回に持ち越しって事で良いと思うのである。まぁNDというクルマは抑々速さを追っかけるためのクルマじゃないので、ソコんトコはあんま気にしてないのである。バランスの良い乗り易いクルマに仕上げる事が最優先課題なので、今回ウェットコンディションだったからこそソレが上手く果たせたとも言えるのである。

*家に帰って風呂入って寝るまでが走行会
 というワケで、今シーズン最初の走行会は無事終了した次第である。あとは何時もの様にジャンケン大会やって終了・・・ではなく、その前に50分間耐久レースなる催しモンが行われたのである:

雨足が更に強まった中、レースが行なわれたのである。でもってレースって事なんで上記のウェットのリスクは更に高まるんで・・・


この様に度々セーフティーカーが出動してレースが中断されてたのである。


でもってレースというからには、当然表彰式とシャンパンファイトはお約束とも言えるのである。


レースの後は、何時もの様にジャンケン大会が行われた次第である。


前回に続き、また非常食ゲットである(笑)ただ今回の台風といい、非常事態って意外と多かったりするので、この手の非常食は無いよりもあった方が断然良いので、迷わずコレにした次第である。


無事走り終わって、気が付いたらキリ番もゲットできて、走行会において最も重要な課題とも言える「家に自走して帰る」も達成した次第である。このクルマに乗って4年強経ったのであるが、2回目の車検も通すつもりだし、最低でも次期モデル(NE型?)が出るまでは乗り続ける予定である。でもって次期型が出るまではあと4~5年はかかるだろうから、その時まではNDでやってく予定である。さて明日も仕事なんで、さっさとお暇しようと思う今日この頃であった。

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BACK FROM HELL

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す。楽しみあるところに楽しみ、楽しみなきところに楽しむ」
By 吉川英治

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


筑波サーキットの魅力
 ワタクシにとって筑波サーキットの何が良いかって、アクセスの良さである。何せ地元な上に常磐線も開通したから、クルマで40分あれば着いちゃうのである。でもって有名コースだから走行会の開催も多くて、タイムを参考にし易くて、ゲームにも収録されてるから家で練習する事だって出来るのである。更に言えば、行きつけのショップが国道129号を真っすぐ南下すれば着くので、いざという時も便利なのである。だからNDに乗るようになって以来、筑波サーキットは1000&2000の両コースをメインに使ってるのである。コーナリングを楽しむなら1000コース、アクセルを踏み抜く快感を味わいたければ2000コースといった具合にである。

 ただそんな筑波サーキットにも欠点が無いワケではないのであり、その1つが「天気を選べない」である。2日前までは確実に晴れると思っていても、天候が急に変わるなんてのは良くある話であり、そして今回もそうだったのである:


3日前までは「晴れ時々曇り」だったのが2日前には「曇り時々雨」になり、そして前日には「曇りのち雨」に代わってたのである。でもって当日になったら「雨」に変わってて、朝から降ってたって話である(´ヘ`;)折角の19年~20年度の走りシーズンの開幕だったのであるが、いきなりウェットコンディションから始まる事になってしまったのである('A`)先々日が台風だったから、気候的に不安定だったのだろうと思われるのである。

 ただそうは言っても、希望が全く無いワケではないのである:

ワタクシが現地に到着した頃には、もう雨は降ってなかったのである。


その上、午前の走行会の方々がガンガン走ってレコードラインを乾かしてくれたので、ソコだけは辛うじてドライなのである。つまりこのまま降りさえしなければ、実質ドライコンディションのまま走れるって事である( ^ω^ )




特に今回は【新ブレーキキャリパー】と【新タイヤ】のシェイクダウンをしたかったので、1本でもドライで走れればありがたい事この上無いのである。

*サーキットへ行こう
 ヨーロッパ在住のロンマニアの方に聞いた話、ニッポンにおける若者のクルマ離れはまだマシなんだそうである。若者がクルマ離れしてるのはヨーロッパでもそうであり、ニッポンよりも貧しい分だけ余計悲惨なんだそうである(´ヘ`;)だからニッポンのメーカー以上に欧米のメーカーは頭抱えてるんだそうである。特にモタスポが想像以上にヤバいらしく、DTMなんかは観客席ガラガラなんだそうである。DTMスーパーGTとコラボしたがってるのは、つまりそういう事である。故にワタクシのブログでも、モタスポ復興のための努力を惜しまない次第である:


エンジョイ勢からガチ勢まで、色んな人が集まるのがサーキット走行会である。でもって殆どの走行会ではクラス分けをシッカリ行ってて、誰もが気持ち良く走れるようになってるのである。


今回特に目立ったのが、結構な数が来ていたクラシックカー勢である。でもって、コレが意外と速いのである。つーのも元々軽い旧車に更なる軽量化を施しているから、パワーは低くても加速力や旋回力がハンパ無いのである。


でもってサーキットを走る為には、別に気合の入ったスポーツカーである必要は無いのである。こういうクルマだって走ろうと思えば走れるのである。ワンボックスカーだとかフルサイズSUVだとかいった明らかに向いてない車種を除けば、どんな車種でもサーキット走行は楽しめるのである。


サーキット走行に対する恐怖?このクルマがサーキットを駆け巡る様を見れば、そんな事はどーでも良くなって走りたくなる筈である(笑)一緒に走ってた他の参加者曰く「あの赤いNDロードスターは、まるで狂おしく身を捩る様に走り抜ける」んだそうである(爆)だからこのクルマを見るためだけにも、サーキットへ通う価値はあるのである(核爆)

*データ収集完了
 というワケで、雨が降る前に早速一本目である。ブレーキだとかタイヤだとかを評価するんだったらドライの時にしかできないし、故に今回実質的なドライで走れるだけでもありがたかったのである:

何故だか知らんが何時も贔屓にしてるコース内の食堂が今日は休業日→昼食が取れなかったので、昼食代わりに運良くカバンの中に入ってたコイツを頂くとしたのである(笑)台風前に念のために買っておいた非常用の糖分&エネルギーの摂取元が、こんなトコで役に立つとは思わなかったのである。さて、最初の1本目である:


2019-10-14 K-1スポーツ走行会in筑波2000・1本目

ブレーキキャリパーの大型化なんて何の役に立つんだろうと思ってたけど、役に立ちまくりである。余裕が増えた分だけ、ブレーキをコントロールし易くなるのである。新タイヤのグリップとの相性も抜群で、今まで出来なかったレベルでの深さでブレーキコントロールが出来るようになったのはデカいのである。ブレーキもタイヤも、大当たりのチューニングだったと言えるのである(^-^)

 タイムは1分12秒6と自己ベストの0.1秒落ちであるが、まだ乾ききってない路面&高い湿度&シーズン始まってまだ慣れてないって事を考えれば上出来である。シーズン中盤以降でドライコンディションなら、間違いなく11秒台に突入できるとワタクシは確信してるのである( ̄▽ ̄) だからこのまんま雨が降らなければ、他の参加者が更に走る事で路面が更に乾いていって、更なるタイムアップを図る事が出来る・・・筈だったのであるが、人生そう甘くは無いのである(´・ω・`)この後ちょっとした一波乱が起きるのであるが、ソレを今話したらネタが無くなるので(笑)もうお暇しようと思う今日この頃であった。

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