ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m
「個人の間では、法律や契約書や協定が、信義を守るのに役立つ。しかし権力者の間で信義が守られるのは、力によってのみである」
By ニッコロ・マキャヴェッリ
といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。
*ゼロから無へ
ワタクシがGDB時代にお世話になったチューニングパーツのブランドは数多くあるが、その内でも有名ドコである【ZERO/SPORTS(以後ゼロ)が倒産した】との事である(-_-)コレがどれだけ大事なのかというと、ホンダだとモデューロが、日産だとオーテックが倒産するようなモンである・・・・やっぱモデューロかオーテックの方が大きいかも(笑)何ちゅーか、GDB時代にはソレこそ沢山あったスバル系ショップ、スバル系ブランド、スバル系雑誌であるが、ワタクシがGDBを降りた(今思い起こせば”叩き出された”とも言える/爆)辺りから急激に減っているのである。スバル車乗り&スバル車チューニングの需要が絶対的&相対的にも減ってるから、結果こうなるんだろうと思うけど、元GDB乗りとしては寂しい限りである(´・ω・`)
こう言っちゃアレだが、本来の本業であるスバル車のチューニングにおいても、ゼロのパーツにはコレと言って注目すべきモンは無かったので、必然の帰結っちゃ必然の帰結とも言えないでもない(´〜`ヾ)スバル車に限ったことではないが、チューニングパーツには「定番」ってシロモノが存在する。インプで言えば触媒ならHKS、デフならクスコ、シートならレカロってな具合にである。ココまで書けばお分かりかと思うが、その定番パーツの中にはゼロのパーツは殆ど無いのである。今の大不況時代、チューニングに手を出すヤツは相当腹の据わってるヤツ→当然手堅く定番を選ぶだろうから、ゼロの出番は激減するって話である(^_^;)
もう1つワタクシが感じたこととしては、現行スバル車の進化である。GDB時代末期にGRBが発売されたばかりの頃、ワタクシがGRB試乗してまず最初に感じた事は「こりゃチューニングパーツあんまり要らないな、ウン(゚д゚)(。_。)」という事である。今までチューニングパーツで補っていたGDBの弱点が、GRBでは純正で対策済みだったのである。サーキット行くんだったら話は別であるが、サーキット行かないんだったらGRBはノーマルで十分である。GDBまでは街乗り以上サーキット以下のライト層をゼロが十分取り込めたのであるが、ノーマルの性能が上がれば定番外のパーツの出番は減るはずである。
*流説の真相
とはいえ今回のゼロの倒産劇はチューニングパーツとは関係なく、新たな本業である電気自動車(以後EV)絡みである。ンでもって、ココで新たに【とんでもない裏話が出てきた】のである。当然ネット内じゃ非難轟々、ワタクシの周囲はスバル車乗りが未だに多い→自ずとゼロ側につく方も多いため、最早「日本郵政( `Д´)Ьイッテ……( `Д´)p ヨシ!」の大合唱である。で、天邪鬼なワタクシといえば(笑)ちょっとばっかり疑問点があるのである:
・この話がホントなら、ゼロ側が黙って倒産を受け入れてるってのがまずおかしい。ワタクシがゼロのシャッチョだったら、間違いなく裁判に打って出る。状況が状況だけに、世論も間違いなくゼロ側につくからである。なのに何故ゼロはそうしないのか。
・「一方的な契約のゴリ押しで小さなベンチャー企業をいじめる日本郵政」「民営化後に再び息を吹き返したかつての反対勢力」「がんじがらめの利権構造のせいで硬直化し停滞した日本経済」というマスコミ的にこの上なく美味しいネタが転がってるにも関わらず、なぜ何処も動かないのか。
・そもそも70000諭吉の違約金が払えずに倒産してしまう体力しかないゼロに、1030台ものEVを納入することが出来たのかが疑問。軽自動車のエンジン抜いてモーター積むぐらいの事だったら、既存の自動車メーカーに出来ないはずがない。てゆーか既存の自動車メーカーを押しのける形でゼロがこの様な大型契約を取り付けられた方が不思議。
といったのがワタクシの疑問点である。ココんトコがスッキリしないから、どうもワタクシは素直にゼロを全面支持できないのである(´〜`ヾ)更に突っ込んだことを言えば、ワタクシは殆ど郵便局は使わないし、スバル車はもう降りた&当分乗る予定はないので・・・・
_人人人人人人人人人人人人人人人_ > わりとどうでもいい! <  ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^^Y^ ̄ ヘ(^o^)ヘ |∧ /
・・・というのが偽らざるワタクシの本音である(笑)
*ナイーヴさとビジネス
ナイーヴという言葉は日本では「純真」「素直」「素朴」「無邪気」とかいうポジティヴ意味で使われることが多いが、欧米じゃ「ナイーヴ=バカ正直、お人好し、無知」とかいうネガティヴな意味で使われているのがフツーである。1960年のケネディ対ニクソンのアメリカ大統領選の際、ニクソンがケネディをナイーヴ呼ばわりした→ケネディがキレたという一幕があったぐらいである。そーゆー風に考えると、ゼロスポーツはナイーヴだったというのがワタクシの見方である。古人曰く「本気の平和が欲しければ常に戦争に備えよ」ってヤツであり、ソレに対して何の備えもなかったゼロはどうよって話である。
某シンクタンク曰く「2050年には世界中のクルマの半分近くがEVになっている」との予測がある→EVってコレから物凄い規模のビッグビジネスになる事は間違いない分野である。当然、一攫千金を狙う輩がウジャウジャいるワケで、その全てが善人である保証なんぞない。バカでかいカネと権力が動くんだから「その中で覇権を握れるんだったら、悪魔に魂を売り渡しても構わない」って考えるヤツが出ないほうが逆におかしいのである。ゼロの件について日本郵政を叩いてるヤツにワタクシが言いたいことは「お前はソコまで聖人君子になれるのか?人の人間性云々を説く前に、鏡に映ったテメェを見てみろよ」って事である・・・・と、ナイーヴなワタクシが言っても説得力皆無なので(笑)さっさと寝るに限る今日この頃であった。