アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

CIRCLE THE WAGONS

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「”趣味の相違だから仕方がない”とは人のよく言うところであるが、それは”言ったとてお前には解りそうにないからもう言わぬ”という意味でない限り、卑劣極まった言い方と言わねばならぬ」

By 石川啄木


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*平和と努力と種族の壁

 たとえどんな人であろうと話し合えば分かってくれるから、戦争や暴力は絶対ダメ。如何なる問題も努力すれば克服できるから、出来ない人間は単に努力していないだけだ。如何にも日本人が好きそうなフレーズである。外国諸国からしてみれば理想主義も甚だしいセリフであるが、不思議な事に日本じゃスンナリ受け入れられる、コレもまた「日本は殆ど単一民族の国だから」っちゅーのが、ワンパターンながらもワタクシの考えである(笑)民族や宗教や国籍が違えば、当然哲学や信念も異なる→話し合っても分かり合えない領域が確実に出てくると前日のブログでワタクシが言った事であるが、この「努力すれば克服できる」っちゅーのも正にソレである。


 オリンピックなどのスポーツの世界大会を見れば分かると思うが、肉体的な差異ってのは確実に存在するのである。陸上競技の決勝トラックに並ぶのは黒人ばかりだが、じゃあ黒人以外の選手は努力していないのかって話である。ところが日本は殆ど単一民族→肉体的な差異が非常に少ないから、努力で何とかなっちゃう場合が多くなるってワケである。日本的な平和主義観(憲法九条云々)や、民主主義観(少数派のコンセンサス云々)が世界で通用しないのは。こういった生々しい差異を現実として喉元に突きつけられたことが無いからである。断言してもいい。こーゆーヤツらは弾丸が頭をかすめた途端に考え方を改める、と(笑)


 ワタクシの考えは以前と同様である。徹底的な話し合いをすること、差異を認めること、合意を得られないのなら許容するか妥協すること。この3つが今の日本にとって最も重要なのであるのである。コレは「異端者を排除するのは(・A・)イクナイ!!」という人道的観点もあるのであるが、一番の理由は「勿体無い」からである。諸外国(特にアメリカ)なんか見ていると、こーゆー異端者から今までになかったイノベーションやブレークスルーが生まれてくる場合が多い。ンでもって、別に異端者を受け入れる必要なんてないのである。ギブ&テイクの「カネの切れ目が縁の切れ目」的な考えで十分なのである。


*住み分けのススメ

 とは言っても、そうは問屋が卸さないんだなコレが(^_^;)以前その手の話をソレなりの良識と常識を持ってる&海外生活も長かった知人にしたところ、答えは何と「どちらかと言うと反対」なのである(;^_^A)曰く「文化が違う連中と話し合うのはメチャクチャ時間が掛かる上に面倒事が多い。メリットはあるのだろうけど、日本人同士でやった方が気が楽。自分は食うに困らない生活が出来ればいいのだから、面倒な成長よりも気楽な衰退を選ぶ」だそうである( ̄〜 ̄;)まぁソレはさて置き、待ち望んでいた例のブツが届いたのである(笑)



どんなゲームかは前に説明した通り&上記PVにある通りである。日本のRPG(以後JRPG)との決定的な違いは、コレはストーリーを楽しむ類のゲームではないという事である。前作「オブリビオン」もそうであったが、メインストーリーはビックリするぐらいショボい(笑&実話)コレはストーリーを追いながら楽しむのではなく、世界観に浸って楽しむモンなのである。


 早速プレイするぞ〜(* ̄0 ̄*)ノ・・・・と言いたいトコであるが、実はまだまだ終わってないヤツがあるので、ソレが終わらないと気になってしょうがないって話である(笑)

コレもまた「世界を楽しむ」タイプのゲームである。コレはあくまで「三部作の完結編」というスタンスなので、メインストーリーは淡白で少ない(^_^;)ハッキリ言ってサブストーリーも似たり寄ったりで退屈なのであるが、気が付いたらやり込んでしまってるってオチである(笑)兎に角世界観が凄くて「イベントをこなす=世界を堪能する」ということなのであるから、よーするに「世界を堪能できれば、あとはワンパターンでも全然おk」なのである(爆)でももう7割方終わってるので、年末はスカイリム三昧でケテーイである(核爆)


*異端者の世界

 ワタクシは異端者側の人間である。だからこそ分かるのである、心の底から分かり合うって事がどれだけ無理ゲーかということを(笑)こーゆー時、多数派の人に言わせれば「人の話を良く聞け」とか「恐れずに自分の心をさらけ出せ」とか言うが、ソレが逆効果だって事を多数派の世界から出た事が無い故に知る由も無いのである。心をさらけ出せば分かってくれる?さらけ出したら寧ろ「ダメだ、コイツとは分かり合えそうにねぇ( ̄Д ̄;)」ってなるパターンが1000回中999回である。因みにソースはワタクシの実体験(爆)その数少ない「1000回中1回」がウチの”師匠”とかだったりするのである。


 だから多数派と異端派の関係ってのはギブ&テイクで十分なのである。信頼関係ってのはソレで十分築けるとワタクシは思っている。コレは人にも拠るのであるが、異端者ってのは多かれ少なかれ社会との疎外感に加え、多数派に迫害されたことによる人間不信ってヤツを心の中に持っているのである。ソレを持ったまま夜明かしで酒を飲み交わしながら絆を深めようとしても、異端者の心の闇がある限り、ソレは多数派からの一方的善意の押し付けに過ぎないのである。だからこそ変に感情的な裸の付き合いでは無く、まずは徹底的で客観的な話し合いから始めなきゃいけない、そう思う今日この頃であった。