アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

SONIC FIRESTORM

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「人と話をする時は、その人自身のことを話題にせよ。そうすれば、相手は何時間でもこちらの話を聞いてくれる」

By ベンジャミン・ディズレーリ


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*クルマの”話”を聞く

 今日はヒマだったんで、ちょっと早めの更新である。先日述べたブレーキングの練習であるが、相変わらず身に付かないまんまである(^_^;)グラフに書くと簡単そうに見えるが、本気で極めようとしたらスパゲティの芯に筆で短歌を書くぐらいの繊細さが必要なのである。よく本なんかで「ブレーキは足の指でコントロールするぐらいの繊細さが必要」と書いてあったりするが、ホントに書いて字の如くなのである。が、コレはコレで楽しいのである。今更な話であるが、こーやって「このクルマの良さを如何に引き出すか」ってのが、所謂「クルマと対話する」って事だと思うのである。ぶっちゃけた話、サーキットでのラップタイムなんて二の次である。3年半&5万2千キロ乗ったが、ワタクシはまだまだ”トリックマスター”と語らい尽くしていなかったんだなと痛感するのである。


 コレが正解とは思わないが、まずはワタクシなりの解釈を示すとしよう。クルマとの対話の最初のステップは「まず相手の話(この場合クルマ)を聞くこと」である。コレはクルマだけではなく、どんな分野のどんなシチュエーションも一緒である。自動車メーカーだってバカじゃない。特にモータースポーツを得意とするメーカーなら尚更である。百戦錬磨のテストドライバーと、膨大なデータを持ちネジの一本まで知り尽くした優秀なエンジニアが「このクルマの最適な走り方に最も合うセッティング」として作られたのがノーマルなのである。よくクルマに通じた人が「何らかんら言ってノーマルが一番」ていうのはこーゆー事なのである。速い遅いじゃなくて、そのクルマに一番合った走り方がしやすいからである。


 そう、ココで言う「クルマの”話”を聞く」というのは「そのクルマにとって最適の乗り方とは何か?」を知る事に他ならないのである。エンジンパワーはどのぐらいか、駆動方式は何か、車体のサイズや重さはどのぐらいか、トレッドホイールベースや重心高や重心位置はどのぐらいか、サスペンションのジオメトリーはどんなのか云々。クルマが違えば最適な乗り方も違うに決まってるのである。対話が楽しいクルマとは何か?ワタクシが思うに「ドライビングの基本に忠実」「バランスが良い」のは勿論の事。他にも「幅広い乗り方を許容できる」「自分にとって最適な乗り方をドライバーに示せる」って事なんじゃないかなと思うのである。まぁある意味、ソコんトコは人間と同じなのである。


*クルマに”語り”かける

 一通り話を聞いたら、今度は語りかける番である。どんなクルマにも得手不得手があるのと同様に、どんなドライバーにだって得手不得手はある。会話でお互いの意見の齟齬を訂正し合うのと同じ要領で、ドライバーが実際乗ることにより相性を確かめるのである。だからワタクシはどんなクルマであろうとも、実際乗るまで絶対に買わない事にしている。ソレがクルマとの対話をメインテーマに置くスポーツカーなら尚更である。だからワタクシはスポーツカーを試乗せずに指名買いするヤツ(プロドライバーなどのクルマ関係者、優れたドライビング技術を持つ人は除く)は原則信用しないのである。コレがフェラーリランボルギーニとかだったら話は分かる。アレはステータスシンボルでもあるし、投資目的としても使えるからである。でもファミリーカーを魔改造したラリーベース車をステータス的に指名買いしても、何だかなぁってワタクシは思うのである┐(´-`)┌


 つまり「クルマに”語り”かける」という事は、実はドライバーにクルマを乗りこなすための技術や、クルマの良さを見抜くための知識を要求するのである。会話とは片方だけが良い語り手&聞き手というだけじゃ成り立たず、必ず双方ともソレが要求されるのである。でもどんな語り手&聞き手であろうとも、多かれ少なかれ必ず意見が合わない&ついて行けない部分が存在するのである。察しの良いロンマニアの方なら、ワタクシが何言いたいのかもう想像がついた思うのであるm9っ( ̄ー ̄)このヒト同士で言うトコの”妥協”に該当するのが「チューニング」なのである。リアル会話における妥協というのが「相手の顔をある程度立てる代わりに、自分の要求をある程度認めてもらう」という風に相互理解で成り立ってるのと同様に、チューニングもクルマの良さを失わないような配慮は絶対に必要なのである。


*チューニングとコミュニケーション

 ワタクシが過度なチューニングに反発する理由が、コレでお分かりになったと思うのである。クルマを過度に弄るヤツってのは、大概クルマと対話していないヤツだからである。自分の要求を一方的に押し付けるばかりで、クルマの”話”を聞こうとしていない。コレがチューニング厨に対しワタクシが抱く感想である。こう言っちゃアレだが、チューニング厨ってモテないヤツばかりである(笑)異性にも、同性にも、そしてクルマにも。自分のクルマだから何しようと勝手?迷惑かけていないから自由?全く持ってその通りである。でも「何しようと勝手」「迷惑かけていない」とか言ってる時点で、ソイツは他者とのコミュニケーションを拒んでるのと一緒なのであり、ワタクシはそんなコミュニケーション障害のあるような連中とは仲良く出来そうにない。後にも先にも、ただソレだけの話である。


 クルマ系SNSとか見ていると、こういう輩が実に多いのである。ショップに入り浸っていて、ショップの製品をほぼ一通り装着していて、ショップの中の人と親しいことに優越感を持っていて、ショップの新製品を発売前から付けてもらえることを自慢していて、周囲の友達から「ショップのデモカー」と呼ばれる事をアイデンティティーにしてるヤツである。ワタクシに言わせれば、コレこそがコミュ障の極みなのである。何故ならソイツはテメェのクルマと語り合うことが出来ないどころか、自分がクルマに語りかける言葉も持っておらず、更にはクルマをダシにして第三者との会話に熱中するヤツ。つまりクルマ好きじゃないからである。でもそう言うヤツに限って「自分はこのクルマを知り尽くしてる」だとか「クルマの楽しさを云々」とかをドヤ顔で語るのである┐( ̄ヘ ̄)┌ 仮にロンマニアの方に「クルマ弄りたいんですけど、どこ行けば良いんですか?」と問われたら、ワタクシは「SNSとかでこのショップの顧客をチェックしてみて、こういう熱狂的なコミュ障信者がいないショップ」と答えることにしよう。


 そうやって今一度自分のクルマの”話”を聞いてみると、ホントに”トリックマスター”は何処までも何処までも深くワタクシに話しかけているのかを再認識するのである(笑)加速、減速、旋回、嗜み云々。ソレに比べ、ワタクシの技能や知識の乏しい事乏しい事(´・ω・`)今GDB時代を振り返るとしたら、何であの時もっと話をしなかったんだろうなという後悔も少なくないのである。ワタクシが何らかんら言ってインプ(今はWRX-STI)のネタをチェックしたり、時々「もう一回GDB乗っても良いかも」って思うのは、その時語り尽くせなかった事をもう一回っていう”未練”が残っていたんだろうなと思うのである。でも過ぎ去った時間はもう戻ってこない&インプSTIもう一回買うカネも勿体ないんで(爆)今の会話を続けていくしかない今日この頃であった。