アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

PSYCHO CIRCUS

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「思いやりとは情熱の休息だ」

By ジョセフ・ジュベール


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*満員電車とベビーカー

 満員電車?何ソレ美味いのである(笑)ワタクシが今住んでるトコが田舎&職場が近いという事もあるが、お陰で満員電車での通勤とは無縁の生活を送ってる次第である。天気の良い日は歩きで、悪い日はクルマで、チャリは中途半端だから処分した次第である。ただ世の中には満員電車に揺られる事を余儀なくされてる人もいるので、ソレ自体は決して否定しない。が、ソレでも【満員電車にベビーカーを押して乗ってきたら、周りの5人ぐらいは降りて空間を作れ】って考えに対し、ワタクシは賛同できない次第である。何故かと言えば、配慮ってのは平等でお互い様だからこそ価値があるからである。他の乗客が親子に対して配慮を示すのは当然だが、親子も他の乗客に対して配慮を示す必要もあるのである。


 例えばである。この親子が電車に乗る時はベビーカーを畳んで、子供を抱っこして可能な限りスペースを減らそうとしてるのなら、ソレ見た他の乗客も「あぁ、あの親御さんもああやって自分らに気遣ってくれてるんだから、自分らも多少苦しいのを我慢して、畳んだベビーカーと赤ちゃんのスペースぐらいは確保しよう」って思うはずである。ソレならば苦労はお互い様だし、やる方もやられる方も後腐れしないであろう。ソレを「私達は弱者なんだから、強者である貴方達が私達に配慮するのは当たり前」なんて態度を取られたら、そりゃ良い気分はしないに決まってるって話である。ワタクシは前々から言ってるのであるが、善意ってのは相手からの自発的なモンだから意味があるのであり、自分から希望しちゃダメなのである。


*聖者達のスーパーバトル

 てゆーか、百歩譲ってベビーカーの分だけ空間作ってくれたとしても、ワタクシだったら満員電車に乗るなんて選択は絶対にしない。自分の子供に最大限配慮したら、クルマ以外の選択肢なんてないのである。もしも「子供は大事だけど、クルマの維持費ガー、タクシー代ガー」とか言うヤツが居たら、親やめちまえとワタクシは言いたいのである。さて怒ってばかりなのもアレなので(笑)話題を変えるとしよう:

REV SPEED (レブスピード) 2014年 03月号

REV SPEED (レブスピード) 2014年 03月号

  • 発売日: 2014/01/25
  • メディア: 雑誌

ぶっちゃけた話、ワタクシはこの手のスーパーバトルには余り興味が無い。ココに出てくるようなアタック仕様のクルマがユーザーの乗る一般的なチューニングカーからかけ離れてしまってるのもそうであるが、そもそも「サーキットを速く走るためにクルマをチューニングする」って考え方そのものが間違ってるからである。サーキットを速く走るんだったら【ラディカルSR】や【アリエル・アトム】みたいなモータースポーツに特化したクルマが一番・・・って雑誌の話してないし(笑)


何となく面白そうなんでダウンロード販売経由で購入したのだが、プレイして2時間で「うわぁ〜( ´゚д゚`)久々にハズレ引いたか」って後悔し始めてる次第である(笑)何ちゅーか、このゲームを一言で表すと「雑」なのである。今まで【グランドセフトオート5】とか【アサシンクリード4】や【ファークライ3】みたいな綺麗な上に洗礼されたオープンワールドゲームばかりやってたせいか、この雑さが受け入れ難いのである( ̄〜 ̄;)好きな人に言わせれば「この雑で大雑把なトコが魅力」らしく、折角カネ出して買ったのだからもう暫く粘るつもりだが、果たしてソコまで気力が持つかどうか(爆)


*渡る世間は悪ばかり?

 さて話を戻すとしよう。上記のベビーカーの記事もソレであるが、大概こういう記事を書くヤツの意図ってのは相場が決まってるのである。ソレは「ニッポンが悪い」に収束するという事である。ニッポンの社会政治システムが悪い、そのシステムを支配する政治家や官僚が悪い、ソレを支持するニッポン人が悪い。ならばワタクシはこう問いたいのである。ニッポンが悪かったとしたら、そう言うお前は一体何様であり、そして悪いニッポンに対してお前は何が出来るんだ、と。ワタクシの知る限り、こうやって「ニッポンが悪い!」を連呼するヤツってのは相場が決まってる。テメェの人間性は棚上げにして批判ばかりするけどテメェ自身は何一つ行動せず、ソレを指摘すると言い訳するか逃げるか逆ギレするヤツである。


 簡単な話である。たとえ世の中が悪くったって、その世の中は悪いながらも回り続けていて、そしてその悪い世の中でワタクシ等の人生は無情にも続いて行くのである。でもって残念な事に、人間の世界ってのは誕生したその時から今に至るまで、悪いままに回り続けているのである。その事を踏まえた上で「世の中を変える」って言ってるのなら話は分かるが、そうでなければ「世の中は悪いけど、ソレが分かる私は清く正しい」って事を示したいだけの自己満足以外の何でもないのである。だからワタクシは「世の中が変われば良いな」とは思うが「世の中を変えてやる」とは思わない。ソレよりかは現在目の前にある問題を片付けるのが先だし、未来なんぞ来たその時に考えれば良い。明日ってのは今日を生きたヤツにしか訪れない。実に名言だと思う今日この頃であった。