アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

GHOSTS I-IV

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「魅力ある人物の裏には、必ず一冊の本がある」

By 伊藤肇


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


ガラパゴスである事の弊害

 ガラパゴスの何が悪い。ココはニッポンなんだから、ニッポン人に合った商品であって何が悪い。我々は我々、海外は海外なんだから、一々意識する必要なんてない。海外に目を向ける事に反発する人は、大概こう言うのである。ソレに対するワタクシの反論は「ニッポン国内でガラパゴってると、世界市場で勝利して巨大化した外国企業に喰われるから」である。分かり易い例がNPBである。NPBが国内でガラパゴってる間、MLBは世界中に跨る巨大やきう産業を作り上げていて、元々高いやきうのレベルに加え、圧倒的な年俸力でNPB一流選手は流出していく一方。MLBは自分のに飽きたらずNPBのスイカの先端部分を堂々と持って行くけど、MLBからNPBには食い終った皮しか回ってこない。今はそんな状況だし、取り返したくても完全に出遅れてるから、コレからもそうであろう。


 やきうだけでなく「ガラパゴス」の語源となったケータイでもスマホで完全に挽回不可能なぐらい遅れてしまってて、流通もアマゾンに完全にやられたって感じである┐(´-`)┌でもってそのアマゾンが今度は【月1英世で本を読みたい放題サービス】を始めるんだから堪ったモンじゃない。でもってニッポンは、このビッグウェーブに抗う事は出来ないだろうとワタクシは予言する。何故ならば、ニッポンはルールメーカーの側に居ないからである。何故ルールメーカーになれないのか?答えは「世界に影響を及ぼすだけのシェアが無いから」である。ガラパゴってると世界を支配するルールメーカーによって一方的なルールを押し付けられ、やがて国内市場を喰われる。故にワタクシは「ガラパゴスはNG」と言うのである。


*ああっニンジャさまっ

 でもって、この月1英世読み放題システムの何が凄いのかと言えば「消費者は全く損しない」って事である。消費者、特に読書好きにとってはコレを拒む理由なんか見当たらず、コレが普及させる側にとって大きな武器になるのである。コレを以って「我々は皆様の便利の味方です」ってアピールできるし、反対されても「皆様の便利をジャマする邪悪な既得権益層」ってな感じにニッポン人の判官贔屓を逆手にとって対抗できるってワケである。でもその日が来るまでまだ時間はかかりそうなんで、当面は紙の本で我慢するとしよう:

ニンジャスレイヤー マグロ・アンド・ドラゴン (キョート殺伐都市 # 6)

ニンジャスレイヤー マグロ・アンド・ドラゴン (キョート殺伐都市 # 6)

何故圧倒的な個性が重要なのか?答えは「飽きない&マネされないから」である。本に限らず何でもそうだけど、圧倒的に個性的なモンは、唯一無二である故に必ず一定数の熱狂的なファンがつくからである。でもって個性が強烈であれば強烈であるほど、パクった時に「○×のマネ」って簡単にバレる→世間から叩かれるからパクれなくなるってワケである。このシリーズの図抜けてるトコは、正にソレだと思うのである。


毎回毎回「いつ終わるんだコレ」をネタにしてきたのだが(笑)この度ホントに連載が終わってしまったのである。高坊の頃からリアルタイムで読んできた愛読書が遂に終わるのかと思うと、やっぱ何ちゅーか寂しい気分である(´・ω・`)連載期間は何と26年、そりゃ高坊の時からリアルタイムで読んでいたワタクシもオッサンになる筈である(爆)


電子書籍ストリーミングの時代

 話は戻って、上記の月額読み放題だけど、ニッポンの業界が大抵抗する姿が目に浮かぶのはワタクシだけじゃない筈である。多分この後本屋なんかで「貴方に贈るのは文章じゃなく、愛」とかいう臭い謳い文句と共にお婆ちゃんが孫娘に紙の本を手渡すポスターが貼られたり、ニッポン作家協会みたいな団体が記者会見して「ニッポンの出版を守れ」とかいう声明を出したのが新聞に載ったり、テレビとかで知識人やらニュースキャスターが「紙の本じゃないと伝わってこないモンがある」とか「ニッポン人は中身以上に形式を重んじる」とか言って擁護したり、そんなのが色々と浮かんでくるのである(笑)無論、ワタクシは紙の本を否定するワケではないが、ソレでも一方的に拒絶するのはちょっと違う希ガスのである。


 ただ音楽の方も、今の主流であるダウンロード販売も間もなくピークを過ぎ、コレからはSpotifyに代表されるようなストリーミング(一定月額払って聴き放題)が主流になるんじゃないかとの事である。でもって、書籍も例外ではないようである。ただどんなにネットが発達して読書の形が変わっても、紙の書籍は無くならないとワタクシは思うのである。どんなに科学が進んでも紙とペンが無くならず、どんなにエレキギターが普及してもアコースティックギターが無くならず、クルマのミッションがどんなに進化してもMTが無くならないのと同様に、原始的なモンには「原点」としての価値が絶対に残るからである。さて”師匠”からLiPoバッテリーについての問い合わせが多数来てるので(笑)さっさと撤収するに限る今日この頃であった。