アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

WARZONE

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「もし全ての人が新しいテレビの代わりに平和を望んだら、その時こそ世界は平和になる。平和を求める努力ってこういうことだよ」

By ジョン・レノン


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*無制限に試せるという事

 ココ最近、音楽雑誌なるモンをサッパリ読まなくなってしまったのである。ちゅーのも、読む意義が殆ど無くなってしまったからである。インタビュー記事だとかライターのコラムだとかは時々読むのであるが、後は全然である。iTunesが登場して、YouTubeが登場して、ストリーミングが登場して、殆ど全ての興味ある音楽をタダで無制限に視聴できるようになって以来、雑誌のレビューなんぞ必要無くなってしまったからである。何故昔は音楽雑誌が重宝されてたかって、音楽に使えるカネが有限だったからである:

本音を言うと全部聴きたいし全部欲しい

試聴できるのならいいけど、出来ないのなら一か八かで買うしかない

でもCDを買うためのカネは限られている

( ゚Д゚)マズー

ソコで音楽雑誌のCDレビューを参考にする

ソレで内容は大まかに分かるから、買う時の絞り込みに重宝する

ハズレを引く可能性がグッと下がる

(゚д゚)ウマー

というワケである。確かに思わぬ発見のチャンスは減るかも知れないが、その代わりアタリを引く可能性は増えるのだから、長い目で見れば有益だったのである。でも今は買う前に全部試聴できちゃうし、ストリーミングなら定額払っちゃえば無制限で入手できる。だから雑誌を隅から隅まで読む必要はないし、CDショップに通い詰める必要も無いってワケである。


 巷では「ニッポンにもイノベーションを」って声が大きいけど、イノベーションってのはガラケーの時代にスマホを持ち込んだり、CDの時代にダウンロードやストリーミングを持ち込んだり、そういう事を言うのである。つまりイノベーションを起こす事によって、既存のモンは大きく衰退するか、ヘタしたら滅んでしまうワケである。でもってニッポン人は新技術や新発明によって生活が改善される事は望んでいても、ソレにより社会が変わってしまう事を望まない場合が殆どである。だからニッポン発のイノベーションってのは、実は殆ど無いのである。スマホやストリーミングが良い例だけど、最近のニッポン社会を変化させてる要因ってのは、その殆どが海外由来のモンである。


*テレビ時代の終焉

 コレはワタクシが前々から言ってる事であるが、人類の歴史は便利さ追求の歴史であり、人類は如何なる犠牲を払ってでも便利さを突き詰める。だから便利さの波に乗っかるのが賢い生き方であり、その波を押し留めようとするのは愚かな事なのである。だからネット化などで複製云々が問題になるのなら、最初から複製される事を前提にしてシステム再構築すればいいのであり、ソレを色んな規制やらを持ち込んだってムダなのである。どんな規制を作ろうとも、便利さを追求する人間の性は、その抜け道を追求するからである。だから【4Kテレビは録画不可かも】って話を聞いた時。ワタクシは「なんてバカなんだコイツ等は┐(´∀`)┌」と思ったモンである。


 何がダメかはもうお分かりと思うが、コレが視聴者に不便を強いてるからである。不便を強いる代わりに大きなメリットがあるか、或いは別の便利さが提示されるのならば話は別なのだが、どうやらそんなモンはなさそうである。その録画不可な4Kテレビでとんでもなく面白い番組をやるのならば話は別だけど、ジャニタレやAKBや雛壇芸人がメシ食いながら内輪ネタで盛り上がる番組なんかを、態々クソ高い4Kテレビ買ってまで観るんだって話である┐(´д`)┌ンなモン観るぐらいならネットフリックスかアマゾンのネットTV観た方が全然良いに決まってるのである。定額払えば観たい時に観たいモンを観れるから、抑々録画なんてする必要が無い。



 実際ワタクシの周囲の人々も【ネットフリックス】や【バンダイチャンネル】使ってる人が居るけど、評価は実に良好である。観たいモンを観たいだけ見れるのもそうだけど、一番はやっぱり「観たい時に観れる」というのが一番大きいんだそうである。ワタクシの周囲の人達は当然だけど皆社会人で、現代の社会人ってのは兎に角忙しくて、取れる時間が不定期なのである。でもってこの手のサービスは「時間が出来た時に」「どんな端末でも」「何処でも」見れるのである。観る時間と観る場所と観る端末を指定する4Kテレビがどんだけ不便でバカなのか、最早説明の必要は無いと思うのである。故にワタクシは「この目論見は確実に失敗する」と断言する次第である。


イノベーションと相性の悪い社会

 テレビに限った話じゃなく、最近のニッポン製コンテンツは皆こんな感じである。変化を拒絶して、規制で逃げようとする。ただワタクシは「だからニッポン人は愚かだ」などと言うつもりは無い。何故なら、その気持ちも分からんではないからである。何故アメリカでイノベーションが盛んに行われるかって、アメリカ自体がイノベーションに適した社会だからである。転職も容易だし、契約社会だし、事業を起こすのも畳むのも簡単だし、失敗を”良い経験””次成功すれば良い”って受け止める土壌がある。だからイノベーションが起こって社会が変わっても、ソレに合わせて自身や会社を色々変える事が容易なのだから、だったら変わっちゃえって話になるのである。


 が、ニッポンはそうじゃないのである。変わらない事と一途である事が美徳とされているし、失敗や過ちは切腹モンだし、会社や社員は家であり家族である。つまりコロコロ変わる事が”美しくない事”って認識があるから、自らイノベーションを起こす事や、ソレにより社会が変化する事を良しとしないのである。でもってワタクシの知る限り、民族の根底に根付いた価値観ってのは、そう簡単に変わるモンじゃないのである。そういう価値観が変えられないからこそ世界中にチャイナタウンがあって、欧州じゃ移民達が徒党を組んでテメェ等の信仰や文化を守ろうとしてるのである。外国に行っても変わらないんだから、ニッポン国内なら尚更である。


 でもワタクシはその上で「ソレでもニッポン国内からイノベーションは行われるべきだし、海外のも受け入れるべきだと思う」と進言する次第である。何故ならば、そうしなけりゃニッポンが置いて行かれて、美味しいトコを全て海外に持ち去られてしまうからである。家電やテレビもそう、ケータイもそう、パソコンや半導体もそう、ゲームもそう、やきうもそう。国内でガラパゴってたからこそ、イノベーションを繰り返して進化した海外勢相手に歯が立たなくなり、結果美味しいトコを全部持ってかれてしまってるからである。NDロドスタの開発主任が「守るために変えていく」って言ってたのはつまりこういう事だったのだと、改めて実感する今日この頃であった。