アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更にはGT-R&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

DARKSIDE

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「私達はどこにでもある恒星の、マイナーな惑星に住む血統の良い猿にすぎない。しかし私達は宇宙というものを理解できる。そのためにちょっとは特別な存在なのだ」

By スティーブン・ホーキング


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*ルールは守ろう

 良い社会人とはどういう人の事か?ワタクシの答えは「国民の義務(勤労、納税、教育)をキッチリ果たして、法律やルールをシッカリ守って、他人の主権を侵害しない人」である。ぶっちゃけた話、誰であろうとこの3つさえ守られていれば、後はソイツが何をやろうが自由だし、寧ろ尊重されるべきなのである。でもって逆に言えば、コレを守る事が出来ないヤツにはとてもじゃないが自由は与えられないし、権利を主張するのも烏滸がましいって話である。ワタクシは常々「真の自由とは、何をやっても良いという事ではなくて、やっちゃダメな事をやらない事」と言っているが、その”やっちゃいけない事”の筆頭が上記3つに背く事である。ソレさえやらなければ、後は何をしたってオウンリスクで自由なのである。


 でもってコレが【ADHDの息子が、無賃乗車で警察に補導された日】に対するワタクシの返答でもあるのである。ADHDだろうがLDだろうがPDDだろうがアスペルガーだろうが違法行為をしたらその時点でアウトであり、如何なる理由を以てしても正当化は決してされないのである。ADHDであるが故の息子の衝動性?ンなモン知ったこっちゃないのである。そんなモンよりも法律やルールの方が優先順位は上なのである:

だからこの場合は「たとえどんな理由があっても脱法行為は認めないし、やった場合には厳しく処罰する。我慢するか処罰されるか、好きな方を選べ」で良いのである。でもその代わり、ルールに則ってて他人のジャマをしてないのなら自由である事も付け加えるのである。そうやって衝動性を正しい方向に持ってく事を教えるのが、ワタクシは親の役目だと思うのである。


*ノーモア縄張り争い

 ココ数年で発達障害の存在が急にクローズアップされて、こうしてマスコミやネットなどの記事のネタとして頻繁に取り上げられるようになって、ワタクシも当事者として喜ばしい限りである。確かに誤解やら悪意やらが色々と入り乱れるのは少しばかりアレであるが、ソレでも全く何も知らないよりかは遥かにマシである。頭の片隅にでもその知識があれば今後の話し合いに繋がる可能性が出て来るが、全く何も知らないとその可能性すら無いからである。だから多くの人達が「発達障害が何なのかは良く分からんけど、なんかチラっと聞いた事がある」って感じる事は重要な事であり、ソコから徐々に話し合いを重ねていけば良いのである。先ずは話し合いのテーブルに付かなければ何も始まらんのである。


 が、ソレには当然デメリットもあるのである。その一つが「開き直る当事者も出てきてしまった」という事である。本来できるだろう努力を放棄して、もう最初から「発達障害なんだからしゃーないじゃん(´∀`)」って言って慈悲や福祉に期待しちゃうってパターンである。本来ならば努力や工夫を重ねて社会に溶けこめるように工夫するのではなく、自分を所謂”発達障害界隈”に置いて健常者メインの一般社会と実質隔離して、その界隈の縄張りを広げたり人口を増やしたりして影響力を高め、更なる自治権を要求するって感じにである:

でもって更に何が問題かって、その”発達障害界隈”内での縄張り争いが色々と起こってる事である(^_^;)まぁ言っちゃ何だけど、人間関係が全く疎くて今まで孤立してたヤツが自分の世界を漸く持てた&自分達の存在が認められつつあるんだから、舞い上がっちゃう気持ちも分かるのである。でも人間関係の距離感が分からんからこそ共存や妥協が出来なくて、縄張り争いに発展しちゃうって事である┐(´д`)┌


 コレに関するワタクシの見解は「良き社会人とは何か?」である。こう言っちゃ大変アレであるが、冒頭の3つを守れてないのであれば、ソイツには社会における発言権は自ずと低くなってしまうのである。良き社会人である事は自由を享受する上で重要な事だけど、もう一つ重要なのは「務めを果たす事で発言権を得られる」って事である。当事者は良く「社会を変えたい云々」っていうが、社会を変えられるのは社会人、ソレも可能な限り良い社会人だけである。有名人やセレブの発言力に影響があるのは、つまりそういう事である。だから自分の望むモンがあってその為に変化を望むのであれば、先ずは社会人としての務めを果たす必要があるのであり、ソレに関しては健常者も障害者も同じなのである。


*世界は一つ

 でもってワタクシは、当然そういうコップの中の嵐には全く興味は無いのである。ワタクシは社会を「発達障害界隈」だとか「健常者の世界」だとか、そんな風に分けた事は一度も無いのである。ワタクシが知ってるのは「人間の社会」たった一つだけであり、人を国籍や性別や人種や障害で分けて考えた事なんて無いのである。だから発達障害があるからと言って、ワタクシはワタクシ自身をアウトサイダーだとは考えた事は無いし、アウトサイダーとして生きていくつもりも毛頭無いのである。インドみたいに【カースト最下層の若い農夫が馬を所有したとして撲殺される】なんてのは理解し難い考え方だし、理解する気も全く無いのである。優秀か否か、魅力的か否か、エキサイティングか否か。人間の価値はソコだけである。


 そう、能力があって、魅力的で、エキサイティングであれば、国籍も性別も人種も障害の有無も関係無いのであり、ワタクシは発達障害当事者が目指すべき方向はソコだと思うのである。ネットとかじゃ「能力と魅力と運に恵まれた人ガー」とかいうヤツも居るけど、ソレの何が悪いのかワタクシにはサッパリ理解できんのである。1つの街にラーメン屋が10件と食事の機会が10回あったとしても、一番美味しいトコと二番目に美味しいトコに合わせて10回行くに決まってるのである。古今東西、ソレが人間社会の宿命ってヤツであり、その宿命は全ての人に平等に訪れるのである。だったら発達障害への認知が広まった事を利用して、自分の長所を伸ばせるだけ伸ばす。ソレが発達当事者の目指すべき道だと思う今日この頃であった。