ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m
「人権を否定することは、その人の人間性そのものを否定することだ」
By ネルソン・マンデラ
といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。
*強者にも人権はある
ニッポンという国は変化に乏しい年功序列の縦割り社会を下々の者が受け入れる代償として、お上は下々の者によるルサンチマンやシャーデンフロイデに対し寛容になっている。よーするに安全と安心と安定を得るために、理不尽や不平等を許容するのがニッポンの古来のやり方なのである。でも21世紀になって人類皆平等なキリスト教ベースの議会制民主主義が主流になってきて、そのニッポン古来のやり方と噛み合わなくなってきて、今色んなトコでその歪が出てきてるのである。例えばこの【セクハラ防ぐには女性排除をという暴論は新たな差別を生むだけ】が正にソレである。フツーに考えれば「男性と女性が1対1にしないのは、何も無くとも余計な誤解を招く可能性のある行動を控えたい」ってだけの話だけど、そうやって身を守る事すら許されないのである┐(´д`)┌
よーするにコレって「お前ら男性側&権力者側は強い側なんだから、黙って”正義の鉄拳”を受け入れろ」って事なのである。被害者側は弱い側なんだから、怪しい部分は大目に見るべし、エビデンス不足も容認するべし。でも加害者側は強い側なんだから弁明は受け入れないし、反論反撃は許されない。確かに今の官僚や官僚制度には問題が多々あるが、だからといって何をやっても良いって意味ではないのである。ワタクシは前々から言ってるのであるが、不公平に不公平をぶつけたって、不公平は相殺されないのである。互いに「不公平に扱われたッ!」っていう想いが増えるだけで、互いの溝が更に深まるだけなのである。確かにそうすれば多数派である下々の人間は一時的にスッキリするだろうが、その後に更なる遺恨を残すだけなのである。
*タイヤをネジるヴァルキュリア
あと言っちゃ何だが、この手の不公平や逆差別を許容するヤツの相場は決まってるのである。ソレは「上に行く事を想像していない万年平社員メンタルなヤツ」である。自分が出世したら同じやり方でやられるって事を想像していないから、こうも横暴になれるのである。正に今、野党連中が国会でやってる事と同じで、テメェが与党になる事を考えていないから・・・この話はコレぐらいにしておこうジャマイカ(笑)
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ココ最近のこの雑誌、レベルの高いドラテク記事を偶に出してくるから困るのである(笑)ステアリングで前輪をネジって曲げる力を出すのは知っていたが、後輪をネジるという発想はワタクシも考えた事は無かったのである。コレはちょっと、以前ワタクシがネタにしたニッポン式コーナリング&ヨーロッパ式コーナリングのソレに通ずるモンがあるので、今後も考察していきたいと思うのである。
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【ファークライ5】がようやく終わったんで始めたけど、やっぱ戦ヴァル面白いのである。何ちゅーか「コレぞ和ゲー」って感じなのである。アニメ調のグラフィックとか、緻密なゲームバランスとか、ストーリーの演出の上手さだとか、洋ゲーには無い和ゲーならではの良さを上手く演出してるのである。こういう良作が海外でガンガン売れて稼げるようになれば、和ゲーの復活も十分あり得るんじゃないかとワタクシは期待してるのである。
*人は自由を望んでいない
ニッポンからブラック企業や過労死が無くならないのは、ニッポン国民が心の奥底ではソレを望んでいるから。コレは前からのワタクシの持論であるが、今回改めてそう思うようになったのは、ココ最近のニッポンで立て続けに起こる各種問題の根底にあるモンを観ちゃったのもそうであるが、大坊の頃読んだコレを社会人になってから改めて読み返した結果である:
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余りにも有名な作品なので詳細やネタバレは省略するが、何故この作品においてビッグブラザーが人々を支配しちゃったかってのは、上記のニッポンのブラック企業云々に繋がってるのである。つまり人々が心の奥底でソレを望んでいたから、ビッグブラザーは存在してるのである。ビッグブラザーを否定してた主人公が最後はビッグブラザーを心底愛するようになった上で処刑を受け入れるのも、つまりそういう意味だとワタクシは考えているのである。
自由に生きたい人と、安心して生きたい人。どっちが多いのかといったら、圧倒的に後者なのである。ちゅーのも自由に生きるって事は、ソレ即ち自分と相反した思想を持ったヤツと共に生きるという事だからである。でもって人間というナマモノは基本的にテメェ以外のソレを異物として排除するように出来てるから、巷で言う「互いを尊重する」ってのは実は殆ど無理ゲーであり、一部の思慮深くて忍耐力のある人にしか自由な生き方はできないのである。だから人は不自由と不公平に目を瞑っても、安心で安全で安定した生活を選ぶ場合が多く、その究極がビッグブラザーなのである。平和と自由は両立し得ない、自由を選ぶのであれば、自由の為に戦い続けなければいけない。改めてそう思う今日この頃であった。