アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更にはGT-R&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

EMERALD FOREST AND THE BLACKBIRD

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「世渡りで身を保って行くには、あまり潔癖すぎてはならない。一切の汚れや穢れも、すべて飲み込むようでありたい。人と交わるには、あまり几帳面すぎてはならない。一切の善人悪人、賢者愚者をも、すべて包容することができるようでありたい」
By 洪応明

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*法律は正義に非ず
 ガキの時には分からなくても、大人になって分かる事って幾つかあるのである。その1つが「世の中には正義は無く、あるのはルールだけ」って事である。ワタクシは前々から言ってきてるけど、正義ってシロモノは国や地域や民族や宗教や所属によって変わるモンであり、突き詰めれば個人レベルで違うモンなのである。法律や憲法ってシロモノは要するに国が「テメェ等が各々の正義を信じるのは自由だけど、最低限コレだけは守れ」って提示するルールに過ぎないのである。ルールを守ってる限りどんな正義に準じようと自由だし、他人に正義を押し付ける事はできないのである。たとえ自分が到底受け入れられない正義を他人が信奉していても、である。

 だから法律や憲法や警察や裁判所や軍隊ってのは、正義の味方でも何でもないのである。強いて言えば、ソレ等はソレを上手く利用するヤツの味方なのである。その事を再認識させられたのが、ついこの間起きた【池袋でクルマが暴走した事故】である。この一連の事件を見たワタクシの率直な感想は「ドライバーの爺さん、ルールをフル活用してんな~( ̄~ ̄)」ってトコである。良いか悪いかはではなく、ルールや立場やコネを上手く使ってるのである:

車暴走で母子2人死亡 8人重軽傷、東京・池袋
ネットなんかじゃ「上級国民の特権ガー」って大騒ぎしているが、あの爺さんが事故後にやった事は特権でも何でもなく、ルールをフル活用して良過ぎるぐらいに立ち回ってるからそう見えるだけで、実際は上級国民でないフツーの人でも様々なモンをフル活用さえできればアレと同じ事が出来ちゃうのである。第一、もしあの爺さんがマジモンの上級国民だったなら、抑々ニュースにすらならないってモンである。

*ニッポン人には民主主義や資本主義や法治主義は合わない?
 世間ではあの爺さんが事故直後に救命活動を行ってない&謝罪のメッセージを出してない&逮捕されず自宅起訴になる事に対する不満が多いが、ソレに関する答えも「ルールに則ってれば無問題」である。たとえ皆がどんなに怒ってても、爺さんに謝罪を強要する事なんか出来ないし、してはならないのである。たとえあの爺さんが”謝ったら死んじゃう病”の患者だったとしても、ルールに触れない限りはその”正義”を固辞する権利が爺さんにはあるのである。いずれにせよ、この事件の結末に関しては警察と裁判所が決める事であり、ソレが真っ当な処理の仕方である限り、外野がとやかく言う事ではないのである。

 でも今回の騒動を見る限りだと、こういう法治主義的なやり方を受け入れられないニッポン人って少なくないんだなって思っちゃうのである(^_^;)上記にもある様に法律や憲法や警察や裁判所や軍隊は正義じゃないんだけど、正義であってほしいor正義であるべきだって考えてる人が少なくないのである。そういう人等が今回起こった事を理不尽だと捉え「法律が裁けないのであれば私刑でッ!」って考えるヤツまで出てしまうって感じにである:

池袋暴走事故"上級国民だから逮捕されない?"ネットの批判について元警察官と徹底議論|AbemaPrime 4/24放送|平日よる9時~【アベマTV】
当然だが、ワタクシはこういう風潮には反対である。確かにあの爺さんのやった事には納得できない事が少なくないのであるが、だからといって私刑で死刑したらお終いである。上記にもある様に、正義は主観的なモンであり、決して普遍ではないからである。ルールを超えて正義を押し付けるようになったら、その先にあるのは正義同士の血みどろの戦いである。ソレはワタクシが言うまでもなく、歴史が証明してる事である。

 やっぱサブタイにもある様に、ニッポン人には民主主義や資本主義や法治主義は合わないんじゃないかと思うのである(´ヘ`;)何故なら3つが3つとも、普遍的なモンを持たないからである。何れもソレを上手く使いこなせるヤツが勝つシステムであり、相対的な力によって治まるシステムなのである。でもってニッポン人が望んでるのは、絶対普遍のシステムによる統治である。ネトウヨはソレを天皇家や伝統的価値観に求め、サヨクはソレを憲法や人権に求めているが、いずれも「議論の余地もない絶対的なモンとして」の捉え方である。ソレがあれば、誰もが迷わなくて済むと考えてるからである。

*免許における年齢
 最後に「高齢者は免許を返納すべきか否か」についてである。ワタクシ自身は運転が大好きで、死ぬ直前までサーキットで自己ベストを追い求め続けたいのであるが、ソレは今回の議題と関係ないんでパスするとしようジャマイカ(笑)ソレに対するワタクシの見解は「ソレが望ましいのは分かるが、でもソレを強いる事はできない」である。同じ年齢でもちゃんとした判断ができるかは人其々だし、クルマに対するニーズも人其々である。だから一律に「この年齢になったら免許は無効」って言うワケにはいかないのである。そんな事したら、至るトコで混乱が起こる事必至だからである。


諸星裕「高齢者の運転」 高齢者の運転免許返納 生活の足をどう確保する? [モーニングCROSS]

 あともう1つの理由は「年齢などの身体的理由で一方的に何かを縛るのは、自由と人権に対する侵害だから」である。ソレを言ったら「癲癇の人は運転NG」とか「発達障害の人は運転NG」とかにも繋がるモンであり、いわゆる優生学ってヤツに引っかかるからである。確かに安全や安心は大事であるが、自由はもっと重要なのである。ただ免許更新の度に行われる高齢者認知機能検査を実際の例に応じたレベルの高いモンにしたりとか、シミュレターだけでなく実写でテストをするってのはアリかも知れないのである。さて明日も早いので、もうお暇しようと思う今日この頃であった。

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