アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

NO REGRETS

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「俺とバッジォはスターだが、スーパーではない。スーパースターはマラドーナだけだ」

By ロマーリオ・ジ・ソウザ・ファリア


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*目的は手段を正当化しない

 上記サブタイこそが【前沖縄知事の葬儀に観衆が官房長官にヤジを飛ばした件】た【某IT企業のシャッチョがテロリストとの話し合いを訴えかけている件】に対してのワタクシの回答である。ワタクシが度々言ってる事であるが、正義ってシロモノは基本的に主観的なモンであり、突き詰めれば全員違う正義を胸に秘めているのである。皆別々の正義を胸に秘めてるんだけど、各々は「私の正義こそ普遍的な正義だッ!」って考えがちである。そういう連中が「正義を貫くためならばルールやマナーは捻じ曲げても構わないッ!武力や暴力を用いても構わないッ!」って考えを持ったら、行きつく先は「そうだッ!私(達)に賛同する人間以外を全て排除すれば良いんだッ!」って考えであり、そうなったら果てしない暴力の連鎖が続くだけである。



 そうならないためにも、ルールやマナーを守る事や、武器や暴力を放棄する事は、この上なく重要な事なのである。たとえどんな事情があるにしろ、マジで話し合いがしたいんだったらルールやマナーを守り武器や暴力を放棄して、たとえ話し合いの結果に不満があったとしても、ソレがお作法に則った話し合いによるモンならば粛々と受け入れる、コレが文明社会というモンである。共生や多様性と言うと聞こえは良いかも知れないが、その実は絶え間ない我慢と妥協と忍耐なのである。そう、平和と正義って、実は共存できないのである。でもその事に気付く人間は実に少なく、その反面全ての人間が受け入れるべき”普遍的正義”があると信じて止まないヤツが実に多い。ソコが問題なのである( ̄〜 ̄)


*求むスーパースター

 世界の半分は男/女なんだから、とあるジャンルが更なる支持層拡大を狙うのであれば女/男に対しても門戸を開くってのは誰もが考える事である。その最たるモンがサッカーやゴルフであり、単純計算でいけば両性に普及させる事が出来れば、シェアが倍近くになるのである。ソレを意識してかしてないかは分からんが、今までずっと男の世界だったモータースポーツにおいても【女性ドライバーだけが参戦する新たな国際レースシリーズが発足した】んだそうである:

ワタクシもモタスポを嗜む身であり、ココ数年の世界的な若者のクルマ離れ(正確に言えば”カネの若者離れ”だが^_^;)によりモタスポ人口が先細りしていったのを憂いてた身としては、モタスポが盛り上がるかも知れない試みは大歓迎である。もしもおにゃのこの間でモタスポが大きなブームになれば、ひょっとしたら女性のロンマニアも大幅増加するかも知れないからである(笑)


 やるのは簡単だけど、問題は「どうやって盛り上げるか」であり、更に大きな課題は「盛り上がりを如何にキープできるか&次の盛り上がりを起こせるか」である。いざ活きよく始めたものの客やカネが集まらない為すぐ頓挫してしまったり、一度ブームは起こったけど人気が出ずに右肩下がりになって自然消滅したり、当然このシリーズにもその危険性があるのである。じゃあその課題をどう解決するかには様々な方法があるが、ワタクシが思うにソレは「スーパースターを生み出す事」である。スーパースターとは何かという議論は色々あるが、ワタクシの答えは「そのジャンルについて何も知らない人でも名前を知ってる人」である。ニッポンだと長嶋茂雄然り、イチロー然り。海外だとアイルトン・セナ然り、モハメド・アリ然りである。



 そういうスーパースターが居るからこそ当該スポーツを観たり知ったりするキッカケになるし、観たり知ったりした事でハマる可能性も大いに増えるし、そして何より「私もああいうカッコ良い人間になりたいッ!」って憧れた人がそのスポーツをやり始めたりする可能性が高くなるし、そしてスポーツ人口が増えればソレは文化として定着するし、文化として定着すれば廃れる事は殆ど無くなるのである。ワタクシは前々から言ってきた事であるが、ブームってシロモノは必ず終わるのである。問題は終わった後にどのぐらいの人が残ってくれるかである。アイルトン・セナが居たからこそニッポンでF1が爆発的に普及して、セナ亡き後も残ってくれた人が地道にニッポンのモタスポを支え続け、ソレが故に今に至るまでF1ニッポンGPが開催できている理由なのである。


*必要なのはTPO

 だからこのWシリーズに女性版アイルトン・セナが誕生すれば、世界中のおにゃのこ達の中には「私も○×さんみたいな世界で輝く素敵な女性になりたいッ!」って考える子が出てくるようになり、その内の一部は実際にモタスポの世界に飛び込んでくるであろうとワタクシは思っているのである。女子が嗜むスポーツとして、テニスやバレーやバスケと並んでモタスポがソコに加われば最高である・・・が、スーパースターなんてのはそう簡単には出て来ないのである(^_^;)ちゅーのもスーパースターはただスポーツの成績が良ければなれるモンでもなく、人格者であればなれるというモンではなく、なる為には時代だとか運だとか、そういう自分ではどうにもならんモンが働かなきゃなれんからである。


 一番分かり易いのが長嶋茂雄のソレである。長嶋茂雄のデビューは1958年であり、その頃のニッポンは戦後を脱して復興に向けて一直線であり、国全体が楽観的でアゲアゲな空気に満たされており、ソレに合わせて娯楽としてのニッポンプロやきう人気が上がって(当時はまだ国民的娯楽じゃなかった)きてて、ソコに天真爛漫で楽観的という当時のニッポンを象徴するようなキャラクターのやきう選手が一番人気のチームに入ってきたんだから、そりゃ盛り上がらん筈がないのである。もしもの話であるが、もし長嶋茂雄が50年遅く生まれていたら、今の様なスーパースターにはなっておらず、変わりモンの名選手として扱われたと思うのである。果たして時代が女子モタスポを選ぶのか否か、今後も見守っていこうと思う今日この頃であった。