アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

PASSAGE

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m


「本心良心にもとった言葉や行ないというものは、それ自体がすでに消極的になっている。本心良心にもとると、やましい観念のために心の力は常に萎縮してしまうのだ」

By 中村天風


 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*日大許すまじ?

 日大アメフト部の危険タックル問題だけど、思った以上に事が解決していない模様である( ̄〜 ̄)ワタクシは当初「どうせAKBかモー娘のメンバーが結婚するか、或いはどっかの川にアザラシが現れれば、皆日大の事なんて速攻で忘れる」と思ってたのだが(笑)ココに来て【加害当事者とその親に日大サイドが脅迫まがいの事をした】という追加燃料が加わって未だ炎上し続けているのである。ココで「善良な人々を脅迫するとは、日大許すまじo(`ω´*)o」って怒るのは簡単なのであるが、ちょっと待って欲しいのである。この日大サイドが提示してる「一生面倒を見る」って条件提示、皆口には出さないけど、実は大多数のニッポン人が欲しているモンなんじゃないかとワタクシは睨んでるのである(爆)



 ワタクシは前にも言ったと思うが、ニッポンにおいて未だ体育会系が幅を利かせているのは、この”忠実な組織員ならば一生面倒を見てくれるシステム”が機能しているからなのである。入部すると特に新人の内は理不尽な扱いや必要以上に厳しい練習が待ってるけど、ソレを耐え抜けば一員として認められ、一員として認められれば何か問題が起こっても部や先輩が守ってくれるし、卒業したら顧問や監督が就職先に口利きしてくれるし、社会人になってもOBのコネを上手く使って出世街道を歩む事だって出来る。特に身体能力以外に何の取り柄も無いヤツからしてみれば、この”忠実な組織員ならば一生面倒を見てくれるシステム”は自分がのし上がる為の唯一にして最大のチャンスなのである。


土屋圭市で巡る日本の絶景

 そう、体育会系やブラック企業を否定するのは簡単なのである。でもソレ等が提供している「一生面倒見るシステム」や「正社員としての安心感」を上回るモンを提供できない限り、ニッポン人が真の自由(とソレに伴う責任)を追い求めない限り、また元の木阿弥へと戻ってしまうのであり、ワタクシは今回もそうなると踏んでいるのである。さて話は変わって、と:

ワタクシはクルマそのものは大好きだし、クルマを走らせるのも大好きだけど、風景を巡るのは実は余り好きじゃないのである(^_^;)ちゅーのもワタクシは基本的に内向的なインドア派なんで、景色観に行くヒマがあるんだったら家でゲームしていたいのである(笑)あとワタクシが見ない間にNISMOのR35チューニングのメニューやパーツが充実していてビックリである。何ちゅーか、水野氏が抜けてから、この手の商売は上手くなったのである。


上記を買った時にたまたま本屋でコレ置いてあったんで、序に買ってきた次第である。ワタクシの”師匠”の世代だと「ドリキン=ドライビングの現人神」らしいのだが、ワタクシ的にはパッとしないのである(^_^;)ちゅーのもワタクシの場合、クルマ乗り始めたのも興味を持ち始めたのも30歳からなんで、その頃にはドリキンはとっくに引退していたからである。だからワタクシ的には「ドリキン=昔はすごかったっぽい人」なのである(笑)


百姓一揆メンタリティー

 話は戻るが、ニッポン人が「お上(政府、企業、学校など)に一生面倒見て貰って暮らすのが最高の生き方」って幻想を否定しない限り、ブラック企業も悪しき体育会系も決して無くならないのである。人間が人間である限り、善が悪にひっくり返るってのは間々ある話であり、つまり自分以外の誰かにテメェの人生を託すって事は、そのテメェにはどうする事も出来ない善悪ひっくり返りのリスクを背負うって事と同意義なのである。だからこういうブラック企業も悪しき体育会系から逃れたいのであれば、自分の人生を自己責任で負う必要があるのである。鳥籠から解き放たれた鳥が、解き放たれた後はメシも巣もテメェで調達しなきゃならず、天敵からも自力で逃げなきゃならんのと同じである。


 たったコレだけなんだけど、コレだけが今のニッポン人にとって非常に難しいのである(^_^;)ちゅーのもニッポン人はこのやり方で世界第二位の経済大国の先進国まで上り詰めちゃったから、今更この方法を全否定できないのである。今の与党野党が良い例だけど、一生面倒見るシステムを保ったまま、善悪がひっくり返らないようにする為の方法論を追い求め続けてるのである。ソレがムダだと分かってても、追い求め続けざるを得ないのである。何故ならソレがニッポンのアイデンティティーであり、ソレを否定する事はニッポン人らしさを否定する事に繋がってしまうからである。まぁ小難しい話は面倒臭いし疲れるので(笑)もうさっさと撤収しようと思う今日この頃であった。