アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

SURREALISTIC MADNESS

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「人の名誉となるものは、その心にして、その意見にあらず」
By フリードリヒ・フォン・シラー

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


*オタクの意見を聞いちゃダメ
 ちょっとだけ前回の話の続きである。何故オタクに媚びちゃいけないかって言えば、先日も述べたように「オタクが望んでるのはテメェの世界に安住する事と、そんなテメェの存在意義を承認してもらう事だけ」であるが、その過程において本来すべき進化を否定してしまうトコがあるからである。自分の存在感や貢献や努力を誇示するために、我慢や苦労を美徳として持ち上げるのである。オタクに媚びてしまうとその意見が重宝されユーザーインターフェース(以後UI)が悪化して、一般ユーザーが難色を示すようになって離れていって、益々オタクが占める割合が多くなって更に媚びるようになって、その繰り返しである。

 一番分かり易いのが、クルマ趣味におけるMTのソレである。今でも「クルマはMTでなきゃ楽しくない」って言うヤツが居て、そういうヤツはDCT等のセミMTのがより変速が速くて正確だと分かってるにも関わらずMTを選び続ける。確かにMT特有の楽しさがあるのは否定しないが、ソコに「MTを自由自在に操れる事に対する自負」が少なからずあると思うのである:

ネ申の運転
非オタク的に考えれば「プロが操るMTよりも速いATが普及すれば、ATしか乗れない人もクルマに興味を持つようになって、クルマ趣味者の裾野が広がる」って感じにUI向上による客層の増加を喜ぶのだけど、オタク的に考えれば「自分の意のままにクルマを操る楽しさが分からないなんて邪道ッ!」ってなってしまうのである。だからオタクに媚びるとすべき進化が出来なくなってしまい、時代遅れになってガラパゴス化してしまうのである。

*最近の音楽事情
 音楽にしても然りである。ニッポンでは未だに「棚に並べた時の満足感ガー」とか「現物を手にした時の実感ガー」って言ってCD買い続けるヤツが少なくないが、その中でCDである意義をシッカリ分かった上でCD買ってるヤツがどんだけ居るんだって話である。断言して良いが、殆ど居ないのである。大概がオタク的優越感で買ってるか、或いは情弱かである。ワタクシもストリーミングがメインになって随分経ってて、余りにも色々DLしてるから最近はCDは滅多に買わないが、ソレでも時折買う事があるのである:

(タイトルなし)(スペシャル・エディション)

(タイトルなし)(スペシャル・エディション)


Rammstein - Deutschland (Official Video)
ラムシュタインの新作であるが、ラムシュタインは国内盤の対訳付きCDを買う事にしてるのである。ちゅーのもラムシュタインの曲って全部ドイツ語なんで、翻訳ソフト使ったとしてもニュアンスが全然分からんのである(^_^;)だから歌詞の意味を知る為にはどうしても対訳が必要になって、対訳の載ってる国内盤CDで買う事にしているのである。CDに価値があるとしたら、一つはこの対訳である。


Bad Religion - "Do The Paranoid Style"
バッド・レリジョンアメリカのバンドで、英語で歌ってるのは良いのであるが、歌詞が難解過ぎるのである(^_^;)ネイティブでも辞書を引かないと分からないような単語や言い回しを連発してくるため、フツーに英語歌詞を読んでも半分ぐらいしか理解できんのである。だからプロが翻訳した対訳が欲しくなるので、バッド・レリジョンのアルバムもまたCDで買う事にしてるのである。

Dreamers Go!/Returns[通常盤]

Dreamers Go!/Returns[通常盤]


【試聴動画】Poppin'Party 14th Single 「Dreamers Go!/Returns」(5/15発売!!)
メタルやパンクばっか聴いてると頭のネジが緩んでバカになるので、偶にこういうモンを聴くと心が洗われる気分になるのである(笑)こっちはCDじゃなくストリーミング経由である。ストリーミングの何が良いって、カネ出してまで聴かないような音楽も聴く機会が増えるのもだけど、レジに持ってくのが恥ずかしいようなモンまで躊躇なくゲットできるというのがあるのである(爆)

*令和のオタク像
 何故昭和時代のオタクが一目置かれてたのかを少しだけ考えてみたのであるが、やっぱネットが無かったからだと思うのである。ネットが無かったから情報やモノは自分の目と足で探す必要があり、少なからぬ手間とヒマとカネ、あとソレ相当のコネが必要になるのである。だから昭和のオタクってのはソレなりに尊敬されてたのである。持ってる知識やモノの量もなけど、ソレをゲットするための熱量がである。そんだけの熱量がある人間は他の事もそつなくこなすだろうし、実際そうだったから、社会的にも重宝されてたトコがあったのである。


コミックマーケット28 (1985) 28th Comic Market 1985

 が、平成になってネット社会になって、ソレが全然変わってしまったのである。モノも情報もネット経由で簡単に手に入る様になってしまったから、ソレがソイツの熱量と比例しなくなってしまったのである。モノや知識があってもウザいだけで、立派だとはこれっぽっちも思われないのだけど、本人は昭和のオタクの流れのつもりでいる。その齟齬が色んな問題を引き起こしてるのだと思うのである。令和になったらソコんトコは取捨選択の上で淘汰され整理されて、また新しい形が生まれてくる。何となくだけど、そんな予感がする今日この頃であった。

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