アスペルガー医師ロンの日常

医師でもあり、アスペルガー症候群当事者でもあり、更には911GT3&ロードスター乗りでもあるワタクシのささやか(?)な日常

THE GREAT FIRE

 ロンマニアの皆様、こんにちはm(_ _)m

「自分の存在をもっとも自由に表現しえたもの、自由感のもっとも豊かなもの。それが、すぐれた作品」
By 岡本太郎

 といった今日この頃、皆様はどうお過ごしでしょうか。


ギーク大増殖
 今じゃオタクコンテンツなんて、日常で当たり前の様に見られる存在となってるのである。ワタクシが思うに、コレはやっぱネットの影響だと思うのである。ネット前の時代って、抑々オタクコンテンツに触れる機会が非常に限られてるのである。2~3冊ぐらいしかない専門誌を買って、その中の広告で目立たないトコにヒッソリとあるショップを訪ねたり、告知欄で数少ない仲間を探して、そして年2回のコミケが集大成なのである:
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そう、ネット普及前のオタク界ってのは、相当な日陰だったのである。だからソコに敢えて入るようなヤツってのは、概して陰キャなのである。陽キャが支配する陽世界に居場所が無く、自分の居場所を血眼になって探して、専門誌の広告や告知を頼りに仲間を見つけ出すのである。そう、生半可なオタク志望群は、このハードルを潜り切る前に頓挫してしまうのである(笑)

 ソレがネット時代になると、状況が一気に変わるのである。オタク的なコンテンツが検索一発で出てくるし、専門ショップを訪ねなくとも&羞恥心を堪えてレジに並ばなくともネット通販でオタクグッズを買えるし、掲示板経由で匿名で気軽に同志と語り合えるのである。そう、ネット化された事により、従来ナードばかりだったオタク界にギークが増えてきたのである:
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そう、陰キャじゃないオタクが増えてきたからこそ、オタクコンテンツがオープンになってきたのである。ギークはオタクである自分に劣等感を感じる事は無いし、世間体を過剰に気にする事も無い。寧ろ今の時代、ソレを個性として楽しんでるのである。ギークからすればアニメ的な表現も「青年誌のグラビアみたいなモンでしょ( ̄▽ ̄)」でお終いだし、世間をちゃんと知ってるから、あの程度で世間がオタクを敵視する事なんて無いと分かってるのである。

*月曜日のギークvsナード
 ワタクシは最近炎上してるっぽい【月曜日のたわわ云々】に関しても、そのギークとナードの間の認識の違いを感じるのである。何故日経がこの広告を載せるに至ったかって、多分だけど上記理由で「この手のオタクコンテンツは最早非陰ではない、故に世間からドン引かれる事も無い」って考えてたからであろう。因みにワタクシの見解であるが:

  • ソレが法律やガイドラインに違反してない限り、誰が何を乗せようが自由
  • ソレを批判する事は自由であるが、ソレを出さないように圧力をかける事は表現の自由に反する
  • 性的消費云々に関しては内心の自由なので、外野がとやかく言う事ではない
  • 犯罪誘発云々に関しても、悪いのは実際に行動を起こしたヤツであり、表現に責任は無い
  • 道徳観や世間体といったコンセンサスは表現を制限する理由にはならないし、なってはいけない

といったトコである。悪影響云々が問題と言うが、ソレ言ったらマルクス資本論エンゲルス共産党宣言、あとコーランや聖書もNGになってしまうのである。だってソレ等の本に影響されて実際に人を殺したヤツ、殺された犠牲者はアホほど居るんだから、悪影響を考えたら真っ先に発禁になるべきなのである。でもそうなってないという事は、そういう事なのである。

 そんでSNSとか見ると、この広告に反対するヤツって、オタクが結構な数混じってるのである。ワタクシが思うに、ソイツ等はナードなのである。ナードからすれば「一般人は自分等を迫害する存在」であり、自分等が趣味に生きてく為には出来るだけ悪目立ちせずヒッソリと過ごすしかないのである。だから今回みたいな事になったら「余計な事をするなッ!世間様に敵視されたら我々は完璧に居場所を失うんだぞッ!」って気持ちも出てくるのであろう。ギークとナードではオタクになった経緯が違うので、同じオタクでも意見が分かれるのであろう。

 後はまぁ、政治的マターってのもあると思うのである。SNSとかでコレに反対するヤツを見てみると、ほぼ全員野党、しかもバカ共闘やってるアホ野党の支持者なのである。今のニッポンのフェミニズムってマルクス主義フェミニズムが主流であり、アホ野党もフェミニストを票田として取り込む方針を示していて、社会的合意による表現規制も堂々と明言してたりしてるのである:
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フェミは言うまでもなく、ナードも社会や陽キャに多かれ少なかれ恨みを持ってるので、自ずと野党支持になってしまうのである。こういうヤツ等と対話しても不毛になる理由って正にコレであり、連中にとってポリコレは「運動」ではなく「闘争」なのである。良い社会を作る事ではなく、憎き社会をブチ壊す事が目的だから、話し合いなんて通じないのである。

*自由に対する集団的自衛権
 ワタクシは年始に「2022年は個人主義集団主義の戦いになる」と言ったが、正にその通りになったのである。ウクライナ(とケツ持ちの個人主義国家軍団)vs集団主義のロシアもソレだけど、この件も個人主義的なギーク集団主義的なナードで意見が分かれてるのである。そう、ナードって集団主義者なのである。個を確立できてないから集団を成すようになり、そうなると自ずとテメェ等のコンセンサスを絶対化するようになり、法やルールが許す個人の自由よりもコンセンサスや集団の和を重視するようになるのである。

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 年始にも言ったけど、弱いヤツってのは自由に耐えられないのである。自由過ぎると自分を見失って迷うし、個をシッカリ持って自由をモノにしたヤツに美味しいトコを全部持ってかれるし、負けた責任も全部自分持ちである。だから資本主義や表現の自由を嫌うし、たとえ合法でもソレを駆使して弱者を食いモンにしようとするヤツ等を憎むし、そして献血云々や沼津云々や今回の件みたいな事が起きたら「犠牲になる弱者を守る為」って大義名分で足並み揃えて集団的自衛権を発動して強者を攻撃するのである(笑)話し合いをしなければ、最後は強いヤツが勝つ、ソコを忘れてはいけない今日この頃であった。

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